22話 剣術大会開幕

才能ゼロで追放された三男、実は最強の無属性でした2026-06-02 20:57:05

22話 剣術大会開幕

剣術魔法大会の当日——王都大闘技場は、朝から異様な熱気に包まれていた。
王都の中心に聳えるこの巨大な円形闘技場は、普段は年に数回の公式試合でしか使われない特別な場所だ。学院の演習場とは比べ物にならない威容を誇り、白く磨かれた石造りの観客席が何層にも積み重なり、最上部には王家の紋章が掲げられた貴賓席が設けられている。今日はその貴賓席に国王陛下が御臨席され、その一段下の審査員席には、王国騎士団長ゴドフロワ、王宮魔法師団長、そして学院長が肩を並べていた。まさに、この国で最も権威ある魔法の舞台だった。
俺は控え室の窓から、続々と詰めかける観客の波を眺めていた。貴族たちは色とりどりの正装で一階の貴賓席を埋め、裕福な商人や市民は二階席から身を乗り出し、一般の学生や見物人は上の立ち見席にぎゅうぎゅうに詰め込まれている。ざっと見て一万人は優に超えるだろう——これまで生きてきた中で、これほど大勢の人間の前に立ったことは一度もなかった。
控え室の中は出場する学生たちの緊張で張り詰めていた。ある者は目を閉じて集中し、ある者は最後の調整とばかりに杖を磨き、またある者は壁に向かって小声で詠唱の練習を繰り返している。そんな中、俺の肩をポンと叩く手があった。
「よう、ヴァンデルト。いい面構えじゃねえか」
レオン・ハーグリーヴスだった。彼は予選を無傷で勝ち抜き、平民ながら見事本戦出場を決めている。肩には汗を拭くためのタオルがかけられ、手には使い込まれた短杖——今日もいつもと変わらぬ、飾らない姿だった。
「お前こそ。予選全部一発勝負だったらしいな」
「はっ。無属性の化け物に言われたくねえよ。お前の試合、立ち見のやつらがずっと『今回は本気か』『いやまだ手加減してる』って騒いでたんだぜ」
「別に、手加減を——」
「してるって顔だ。まあいい。今日は本気でやれよ。俺も本気でぶつかるからな」
軽口を叩き合いながらも、互いの目は真剣だった。この大舞台で——それぞれが自分の全力を出し切る。それだけは、言葉を交わさなくてもわかり合えていた。
開会のファンファーレが鳴り響き、大会が幕を開けた。本戦は学年混合のトーナメント方式で、一年生が四年生と当たることもある。実力だけが物を言う——学院の理念そのままの大会形式だ。
開会式では学院長が短く挨拶し、国王が立ち上がって軽く手を挙げただけで観客席が沸いた。王都の民衆にとって、国王を間近に見られる機会は滅多にない。それを差し引いても——今日のこの大会にかける期待と熱気は、この闘技場の空気そのものを震わせていた。
俺の初戦の相手は——ガレス・マクレーン。四年生、火属性A級の実力者。昨年の大会ではベストエイトに残った経験を持ち、卒業後は王国騎士団への入団がすでに内定している。二十歳。短く刈り込んだ黒髪に、鍛え抜かれた体格。何百回もの実戦を経験してきた者の落ち着きが、立っているだけで伝わってくる。
対戦表が発表された瞬間、控え室が大きくざわついた。
「一年生で四年生のガレスと当たるとか——よりによって」「あの無属性でも、さすがに相手が悪すぎる」「ガレスは実戦経験が段違いだ。学院内の模擬戦とはわけが違う」
ざわめきを背に、俺は闘技場の中央へ歩み出た。足元の石畳は何百年も選手たちに踏み固められ、表面が滑らかに磨き上げられている。観客席を取り囲む巨大な円形の壁が、一万人分の視線とざわめきを増幅して闘技場全体にこだまさせていた。
対面に立つガレスは、俺の姿をじっと見据えていた。身長は俺より頭一つ高い。その目には——嘲弄も、警戒もなかった。ただ純粋な闘志だけが、静かに燃えている。
「無属性のヴァンデルト、か。噂は聞いてる。学年は違うが——遠慮はいらん。本気で来い」
「……わかった」
審判の腕が振り下ろされた。次の瞬間、ガレスの姿がかき消えた——と思った。彼は床を蹴ると同時に右手から三発の火球を放ち、さらに自身にも火の加速をかけて、左から肉薄する。遠距離攻撃と接近戦の同時展開。さすがは四年生、戦術の幅が違う。これまでの相手なら、この初手だけで勝負がついていたかもしれない。
だが——俺はもう、迷わない。この三ヶ月、毎晩演習場で積み上げてきた修練が、今この瞬間のためにある。
「——鏡水」
無色の光の膜が掌から円形に広がった。直径一メートル半。完璧な正円。三発の火球が同時に鏡面に着弾し——吸収され、次の瞬間、同じ軌道を逆に辿ってガレスに向かって反射された。
「——なにっ!?」
ガレスはとっさに身を捻って自分の火球をかわしたが、その一瞬の隙——俺はすでに次の型に入っていた。
「——旋土」
足元の石畳の目地から土が湧き上がり、俺の周囲を高速で旋回し始める。土煙と無数の小石が渦を巻き、ガレスの視界を遮り、彼の動きを制限した。
「くそ——これが無属性か!」
ガレスは大きく息を吸い込み、全身に炎を纏った。彼の最大戦法——全身の魔力を火に変え、自身が炎の弾丸となって敵を貫く突撃技。去年のベストエイトに残った時も、これで上級生を次々と打ち破ったという。観客席から、大きなどよめきが起こった。
でも——それなら。
俺は旋土の渦の中から、右手をまっすぐにガレスに向けた。
「——風刃」
無色の光を纏った風が極限まで圧縮され——次の瞬間、不可視の真空刃が闘技場の空気を切り裂いた。土煙が一文字に割れ、ガレスの右腕の袖がぱっくりと裂け——彼の手から、短杖が音を立てて落ちた。
静寂。
ガレスは自分の腕をまじまじと見て、落ちた杖を拾おうともせず——やがて、大きく息を吐いた。
「……参った。噂以上だな、お前」
「——そこまで! 勝者、アレク・ヴァンデルト!」
審判の宣言が闘技場にこだました瞬間——堰を切ったように、観客席が割れんばかりの歓声とどよめきに包まれた。拍手と叫びと、信じられないという声が入り混じって、巨大な円形の壁に反響する。
(——これで、よかったのか)
俺は無形剣の構えを解き、ガレスに一礼した。彼は自分の杖を拾いながら、苦笑いを浮かべて小さく手を挙げた。その背中には、潔さがあった。
控え室へ戻る通路を歩きながら、俺はふと観客席を見上げた。貴賓席の一角——そこで、足が止まった。
金髪をオールバックに撫でつけた、背の高い男。漆黒の正装に身を包み、隣には美しい令嬢が寄り添っている——ラングレー伯爵家の娘で、彼の婚約者だ。そのさらに隣には、ラングレー伯爵本人と、数名の見知らぬ貴族たち。
マクシミリアン兄上。
彼は俺の戦いを——その顔から一切の表情を消して——だが決して視線を逸らさずに、じっと見つめていた。三年前の鑑定の儀で、俺の「ゼロ」に口元を歪めたあの兄が——今、無属性の力で四年生を破った弟を、まっすぐに見ている。
三年ぶりの、兄弟の視線の交錯。
観客の歓声も、周囲のざわめきも、遠くに消えた。ただ二人だけの時間が、一瞬だけ流れた気がした。
俺は瞳を逸らさずに——それから、ゆっくりと視線を外し、通路の奥へと姿を消した。背中に、マクシミリアン兄上の視線がいつまでも刺さっているのを感じながら。
あの目が何を意味するのか——まだ、わからない。
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