21話 中間実力試験

才能ゼロで追放された三男、実は最強の無属性でした2026-06-01 16:40:19

21話 中間実力試験

冬が過ぎ、学院の庭に最初の桜がほころび始めた頃——掲示板に一枚の大きな告知が貼り出された。
羊皮紙に金文字で書かれた正式な告知文。学院の紋章が押された封蝋。それだけでも、ただならぬ行事であることが一目で伝わってくる。
『年次剣術魔法大会——三ヶ月後、王都大闘技場にて開催。全学生参加必須。成績優秀者には、王国騎士団推薦資格、王宮魔法師団推薦資格、および次年度の上級クラス飛び級権を授与する。今年は特に、国王陛下御臨席のもと、各分野の最高責任者が審査にあたる——』
掲示板の前は朝から黒山の人だかりだった。上級生も下級生も、貴族も平民も関係なく、全員が告知の文字を食い入るように見つめている。ある者は拳を握りしめ、ある者は青ざめた顔で友人の肩に手を置き、またある者は早速、組み合わせ表を求めて職員室へ走り出した。学院最大の行事——一年で最も華やかな舞台であり、学生たちの将来を左右する大勝負でもあった。
食堂ではその日の朝から話題が持ちきりだった。「今年は国王陛下が来るらしい」「ってことは王宮魔法師団も本気でスカウトに来るんだ」「それだけじゃない。騎士団長も直接視察するって」「冗談だろ。もう学院の試験ってレベルじゃねえな」。三年生たちは特に目の色が違った。卒業後の進路——騎士団か、魔法師団か、あるいは領地に戻って家を継ぐか——その岐路が、この大会の結果で大きく変わる。何人もの上級生が、この日から朝の自主訓練の時間を倍に増やしたという噂も流れてきた。
ユリウス・クラインに至っては、朝から取り巻きを集めて食堂の中央のテーブルを占拠し、「今年こそ俺の火属性A級の真価を証明する。優勝候補は俺だ」と宣言して、周囲の学生たちを焚きつけていた。彼は相変わらず俺のことを警戒しているようだったが——以前のような露骨な敵対心や嘲弄は鳴りを潜めていた。その代わり、時折すれ違う時に見せる目には「いつか決着をつける」という闘志が静かに燃えている。彼なりの変化なのだろう。
そして——俺の名もまた、あちこちで様々な文脈で囁かれていた。
「ヴァンデルトが出るぞ」「あの無属性でどこまでやれるか」「いや——中間試験の時、あれで手加減してたんだろ」「冗談だろ。あの圧勝で手加減って」「聞いた話だと、火も水も風も土も——全部一つの魔力から出してたらしい。ありえねえだろ」
好奇と期待、そして今や——はっきりとした畏怖の混ざった視線が、廊下ですれ違うたびに俺の背中に刺さった。その目には、もはや「才能ゼロ」の面影は一欠片もない。むしろ、得体の知れないものを見るような——そんな距離感がそこにはあった。
(——騎士団推薦。王宮魔法師団。国王陛下御臨席。そして全学生参加必須)
俺は食堂の隅の定位置で、いつもの麦粥をすすりながら掲示板の文字を頭の中で反芻していた。全学生参加必須。拒否権はない。必ずあの舞台に立たなければならない。王都最大の闘技場で、国王の目の前で、王都中の貴族と市民が見守る中で。
(無属性を、あの大舞台でどこまで見せるべきか)
中間試験の時と同じ——いや、それ以上のジレンマだった。あの時は学院の中だけの小さな舞台で、観客もほぼ身内だった。王都大闘技場はまったく違う。王都中の貴族たちが観戦に来る。何千人もの一般市民が詰めかける。何より——ヴァンデルト家の誰かも、確実に来るだろう。父が自ら来るかどうかはわからないが、マクシミリアン兄上は火属性A級の魔法使いとして、こうした行事には必ず顔を出す。もし父や兄たちの目の前で無属性の力を大きく見せれば——「学院の中だけの秘密」という学院長の命令は、事実上無効になる。
しかし逆に——また三割に抑えて、小さくまとまろうとすれば、今度は逆効果だ。あの大観衆の前で手加減すれば、「やはり大したことはない」「中間試験の時のは偶然だった」という評価に逆戻りする。それだけでは済まない。レナード教授の三十年の研究も、フィオナが託してくれた信頼も、すべてが疑わしいものとして見られる。
(どうすれば——)
答えは自分では出せなかった。だから俺は——いつものように、放課後に教授の研究室を訪ねた。
扉を開けると、いつものコーヒーの香りと古紙と埃の入り混じった匂い。部屋の中は相変わらず混沌としていたが、教授は机の前に座って、まるで俺が来るのを待っていたかのように顔を上げた。
「——剣術大会のことですな」
「……わかりますか」
「そりゃあ、わかりますとも」教授は丸眼鏡を外し、疲れた目を指の腹でこすった。「君の迷いは想像がつく。情報が学院外に漏れるリスク。学院長が命じた口止め命令との兼ね合い。そして——ヴァンデルト家の人間が観戦に来る可能性」
教授は立ち上がり、窓辺に歩み寄った。春のやわらかな午後の陽射しが、床に散らばった古代文献のページを金色に染めている。窓の外では、新入生らしき少年少女たちが、緊張した面持ちで中庭を歩いていた。
「——じゃが。わしは君に、今こそ出るべきだと言いたい」
教授は振り返り、まっすぐに俺の目を見た。丸眼鏡の奥の瞳が、静かに——しかし確かな熱を帯びている。
「……なぜです」
「隠れ続けるリスクの方が、今はもう大きいからじゃ。君の無属性はすでに学院全体に知れ渡っている。中間試験の結果は噂となって広がり、今では学院の外にまでその名が届き始めておる。隠せば隠すほど、噂は歪んで一人歩きするものじゃ。『得体の知れない危険な力』『学院が何か重大な秘密を隠している』——そんな根拠のない風評が広がってからでは遅い」
教授は机に戻り、引き出しから一枚の古い新聞を取り出した。三ヶ月ほど前の王都日報——すでに小さな記事として「魔法学院に異能の学生現る」という見出しが載っている。
「ならば——君自身の意思で、大舞台に立つべきじゃ。隠れるのではない。逃げるのでもない。自らの力が『危険』ではなく『希望』であることを、王都大闘技場に集まった何千人もの観客の前で——直接、示すんじゃ」
教授の声には、三十年分の悔しさが滲んでいた。学会で「机上の空論」と嘲笑われ続けてきた老研究者だからこそ、いくら正しい理論を積み重ねても、それを「見せる」舞台がなければ誰も信じない——ということを、身に沁みて知っているのだ。
「それに」教授は少しだけ声色を和らげて、「王都大闘技場は、君の力を隠す場所ではない。君の力を——証明する場所じゃ。君がこれまで積み上げてきたすべてを。カルドの村での三年間を。この学院で学んだ理論と技術を。君が君であることのすべてを——見せる時が来た」
教授の言葉を胸に刻んで、俺は研究室を後にした。廊下に出ると——柱にもたれて、銀色の髪を揺らす人影があった。
「……フィオナ。待ってたのか」
「うん。渡したいものがある」
彼女はそれだけ言うと、無言で歩き出した。向かう先は——図書館の地下。閉架書庫。いつものようにランタンの灯りだけがゆらゆらと揺れる静寂の中、彼女はいつもの禁書区画を通り過ぎて——さらに奥へと歩いていった。壁の一部が実は隠し棚になっていて、彼女はその奥から一冊の本を取り出した。
革表紙はひび割れ、ページの端はすっかり黄ばみ、背表紙に刻まれた金文字はほとんど擦り消えている。それでも——かろうじて、タイトルが読めた。
『無形剣——根源より生ずる五型』
「……無形剣?」
「うん」フィオナは本の表面を、まるで傷つけないようにそっと撫でた。「千年前の無属性使いたちが、実戦の中で編み出した剣術。杖も、詠唱も——何もいらない。形のない剣で、形あるものを断つ。すべての元素を剣とし、そして剣を再び元素に還す——無属性の使い手だけが使える、世界で唯一の武術」
彼女は本を開き、中のページを俺に見せた。手描きの構え図。古代文字でびっしりと書かれた解説。五つの型の名前が、順に記されている。
第一型「鏡水」——根源力を薄く均等に広げ、相手の魔法を水鏡のように受け止めてそのまま反射する防御技。
第二型「旋土」——地面の土を自分の周囲に旋回させ、全方位を守りながら敵を攻撃する中距離攻防一体技。
第三型「風刃」——風を極限まで圧縮し、不可視の真空の刃として放つ。目に見えない斬撃。
第四型「炎壁」——火の壁を展開し、あらゆる接近を拒む。防御と威嚇を兼ねた広域制圧技。
そして第五型——。ページはここで破られていた。型の名前だけが、かろうじて読める。「——還」。五型の奥義。だが解説も構え図も、完全に失われている。
「……この本を、どこで」
「ずっと探してた。閉架書庫の目録にも載ってない、存在自体が忘れられた本。見つけるのに——三ヶ月かかった」
三ヶ月。それは——剣術大会の告知が出るよりも前から。フィオナは俺が必要とするものを先回りして探し、そして見つけ出していたのだ。彼女は俺の顔を見上げて、静かに——しかしはっきりと言った。
「あなたなら、使えるはず。根源力の制御は、もうできている。それに、形のない剣を形にするのは——意志の力。意志なら——あなたには十分にある」
決意は、その瞬間に固まった。
それからの三ヶ月、俺の一日は三つの時間に分割された。午前は通常の授業と基礎制御訓練。午後はレナード教授の研究室で無属性理論の補講を受け、古代魔法陣と無詠唱の原理を学ぶ。そして夜は——誰もいない演習場で、月明かりだけを頼りに、一人きりの無形剣修練。
最初の相手は「鏡水」だった。根源力を掌の上で薄く均等に広げ、直径一メートルほどの円形の膜を作る。理論は単純だが——均一に広げるのが途方もなく難しい。ちょっとでも意識が散れば膜に波が立ち、穴が開き、光そのものが霧散する。最初の一週間、俺は一度も成功させられなかった。根源力は形を持たない——だからこそ、形を与える側の意志がすべてを決める。少しでも迷いがあれば、力はそれに素直に反応して不安定になる。
(——焦るな。鍬と同じだ。基礎ができなければ、絶対に応用はできない)
カルドの村でガルドに言われた言葉を、毎晩頭の中で繰り返した。二週間目、ようやく掌の上で小さな光の膜が揺らぎ始めた。三週間目、膜はテーブルほどの大きさに広がり、自分の手で放った火球を受け止めて反射することに成功した。一ヶ月目——「鏡水」は完璧な円を描くようになっていた。無色の光でできた鏡面が、月明かりを浴びて静かに、しかし確かな輝きで揺れている。
(——できた。次は「旋土」だ)
二ヶ月目には「鏡水」と「旋土」の同時展開が可能になった。防御と攻撃を、一つの根源力で同時に制御する——単一属性しか持たない通常の魔法使いには絶対に真似できない、無属性使いだけの戦法だ。観客席から見れば、それはさぞ奇妙な光景に見えるだろう。透明な光の鏡が空中に浮かび、その周りを無数の土の破片が衛星のように旋回している——。
そして大会一ヶ月前の、ある夜のことだった。
俺は演習場の石畳の上で、「鏡水」と「旋土」の連携訓練を終え、額の汗を拭おうと顔を上げた。春も深まり、昼間の暖かさが夜まで残るようになった空には、半月が中天にかかっている。風は穏やかで、演習場はいつも通りの静寂に包まれていた——
——その時だった。
視界の端で、何かが動いた。
演習場を見下ろす、樹齢百年は優に超える大銀杏の木。太い枝の一本に——見慣れない黒い影が止まっている。カラスではない。カラスよりずっと大きく、翼をたたんだ状態で大人の前腕ほどの大きさがある。そして何より異様だったのは——その目だった。暗闇の中で、二つの小さな赤い光が、じっと——まばたきもせずに——俺を見つめている。
(——使い魔。誰かの)
俺が気づいたのを察したかのように、黒い鳥は大きく羽ばたいた。まるで闇そのものが形を変えたかのように——まったく音を立てずに飛び立ち、夜空の中に溶けて消える。羽音ひとつ聞こえなかった。生きている鳥ではない。魔力で構築された、誰かの目であり耳である存在。
(——誰が。いつから。どこまで見ていた)
冷や汗が一つ、背中を伝った。カラスにしては大きすぎる。学院で飼っている伝書用の鳥でもない。これが意味することは一つだけ——誰かが、学院の外から。あるいは、学院の中の誰かが。俺の行動を監視している。俺の力を把握しようとしている。
まだ誰にも言うべきではない。教授にも、フィオナにも——今は確証がなさすぎる。だが、自分が監視されているという事実だけは、はっきりと胸に刻み込まなければならない。
月明かりだけが静かに照らす演習場で、俺は無形剣の光をゆっくりと消した。闇に慣れた目で空の隅々を走査する。もうあの鳥の姿はない——が、必ずまた来る。次は、見逃さない。
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