15話 学院の新入生

才能ゼロで追放された三男、実は最強の無属性でした2026-06-01 16:20:19

15話 学院の新入生

入学から二週間が過ぎた秋のある日、初めての実戦魔法の授業が行われた。
場所は教室ではなく、学院の裏手にある屋外演習場だった。石畳の広場の中央に、高さ二メートルほどの魔法標的——魔力を吸収して耐久度を測る特殊な石材でできた人型の柱——が設置されている。その周りを学生たちが半円状に取り囲み、それぞれが石段に腰掛けて順番を待っていた。秋の風が演習場を吹き抜け、近くの大樹から赤や黄に色づいた葉がひらひらと舞い落ちる。
この日の課題は「自身の属性魔法を制御して標的に向けて放つこと」。基礎中の基礎——初歩的な制御ができれば誰でもクリアできる内容だ。だが、これが学生たちの間では暗黙の「力比べ」の場でもあった。魔力の質、制御の精度、発動速度——それらがすべて露呈するからだ。平民の学生たちは不安そうに、貴族の子弟たちは自信たっぷりに、自分の順番を待っている。
担当教官はベテランの実戦教官で、五十がらみの体格のいい男だった。短く刈り込んだ灰色の髪。右腕には古い火傷の跡がくっきりと残っていて、現役時代には前線で戦っていたことがうかがえる。彼は名簿を手に、学生たちを番号順に呼び出していった。
「——火よ」
最初に指名されたのはユリウス・クラインだった。金髪をオールバックに撫でつけ、胸に火属性A級のバッジを輝かせて、彼は演習場の中央に進み出た。制服の袖を軽くまくり——まるでこれから見世物でも始めるような仕草で——標的の前に立つ。
右手をかざし、短く詠唱する。次の瞬間、彼の掌から拳大の火球が飛び出した。轟音と共に標的に着弾し、特殊石材の表面が一瞬で焦げる。演習場からどよめきと拍手が起こった。A級の威力——一年生でこの出力は確かに優秀だ。
「さすがユリウス」「火属性A級は伊達じゃないな」
ユリウスは口元をわずかに歪ませ、まるで当然だと言わんばかりに軽く肩をすくめた。そして席に戻りながら——俺の方をちらりと見た。その目が語っていたのは、たった一言。
(——次はお前の番だ。とっとと化けの皮を剥いでやる)
学生たちが次々と標的の前に立つ。風の刃を飛ばす平民の少女——威力はC級だが、制御は正確で教官が小さく頷いた。水の球を三つ同時に操る貴族の少年——見栄えはいいが、一つは着弾前に崩れて地面に落ちた。小さな岩を隆起させる土属性の学生——標的の足元を揺らしたが、威力不足で教官から「もっと腰を入れろ」と檄が飛ぶ。
それぞれの魔法が放つ魔力光は決まった色を持っていた。火属性の赤。水属性の青。風属性の淡い緑。土属性の暖かな茶色。これが——この世界の魔法の「常識」だった。属性は色で判別できる。色を見れば、相手の属性とおおよその実力がわかる。それが学院で教えられる基礎中の基礎だった。
そして——俺の番が来た。
「次——アレク・ヴァンデルト」
教官が名簿から顔を上げて名前を呼んだ瞬間、演習場の空気が凍りついた。先ほどまでの活気と緊張が、嘘のように消え去る。風さえも止まったかのようだった。ざわめいていた学生たちの私語がぴたりとやみ、全員の視線が一斉に俺に集中する。
「来た」「無属性ってやつだ」「本当に何かできるのか」「どうせ大したことないんだろ」
かすかな囁きが、秋の風に乗って聞こえてきた。期待と嘲笑と純粋な好奇——すべてが混ざった三十人分の視線が、俺の背中に突き刺さっている。教室で土の粒を少し浮かべただけの「基礎制御」しか見せていない俺——あれでは、とてもじゃないが彼らを納得させることはできない。
教官さえも、わずかに迷っているようだった。学院長から何か聞いているのか——彼は一瞬だけ目を泳がせ、それからゆっくりと言った。
「……では。君の属性を。好きにやってみなさい」
(——好きに、か。それなら)
俺は静かに立ち上がり、演習場の中央へ歩いた。三十人分の視線の重みを肩に感じながら——それでも、足は震えなかった。三年間、好奇と警戒の目に晒され続けてきた。カルドの村で、異常に育つ作物を見られながらも、ただ黙って鍬を振り続けてきた。その経験が——今、確かに俺を支えている。
深呼吸を一つ。
(——今まで隠してきた。基礎制御だけを見せて、力を抑えてきた。でも——今日だけは。少しだけ、本当のことを)
カルドの畑で初めて土に触れた朝。井戸の底で石に手を当てた夜。納屋の隅で鉱石を魔石に変えた、あの静かな興奮——そのすべてを、今、この掌の上に。
俺はゆっくりと右手を掲げた。
「——土」
掌の上に、小さな土の球が浮かび上がる。親指の先ほどの、完璧な球体。形成の速度も、形状の精度も、今まで教室で見せていた基礎レベルとは比べ物にならない。それだけで——前列の学生数人が息を呑んだ。
そして——決定的に違ったのは、その色だった。
通常の土魔法は茶色い光を放つ。大地の力を可視化したような、温かみのある褐色の輝き。先ほど土属性の学生が見せた魔法も、その色だった。魔力が属性に応じて特定の波長で発光する——それが魔法学の原理だ。
でも。
俺の掌の上の土球が放つ光は——無色だった。
いや、「無色」は正確じゃない。色がないのではなく、すべての色を含んでいる。プリズムを通した朝日のように。あるいは、澄み切った水晶の奥底で揺れる光のように。それは——透明な輝きだった。赤でも青でも緑でも茶色でもない。すべての色の根源でありながら、特定の色を持たない——そんな光が、土球の表面を静かに包み込んでいた。
「——なんだあれ……」「色が、ない」「透明なのに——光ってる」
ざわめきが広がるより早く、俺は手を動かし続けた。
「——火」
土球が一瞬でかき消え、代わりに小さな火の粉が灯る。これも——普通なら赤く燃え盛るはずの火が、透明な輝きだけを放っている。温度は確かに熱い。熱気が肌をかすかに焼く。なのに——色だけが、そこに属していない。
「——水」
火の粉が水滴に変わる。透明な水滴が、透明な光に包まれて、空中に静止している。表面張力で丸く膨らみ、内部に小さな光の筋が渦を巻いている——まるで、一滴の水の中に無数の星が閉じ込められたかのようだった。
「——風」
水滴が消え、掌の上に小さな風の渦が巻き起こる。目に見えないはずの空気の流れが、無色の光の輪郭を纏って、くるくると舞っている。風が渦を巻くたびに、透明な輝きが軌跡を描いては消えた。
(——これが、俺の無属性の本質だ)
すべての元素を、たった一つの力で再現する。色を持たないがゆえに、あらゆる色を内包する。四大元素のどれでもない——それらすべてが分化する前の、「根源」の力。それを、俺は今——自分の意志で、制御して見せている。
演習場は、完全な静寂に包まれた。
誰もが言葉を失っていた。ついさっきまでざわめき、ひそひそ話をしていた三十人の学生が、全員が全員——ただ口を半開きにして、俺の掌の上を見つめている。風の音だけが、やけに大きく聞こえた。
教官さえも——腕を組んだまま微動だにしなかった。
(——これで、十分だ。全部を見せる必要はない。でも、少なくとも——)
俺は手を下ろした。無色の光がふっと消え、演習場にいつもの秋の空気が戻ってくる。
沈黙を破ったのは、後ろの方の席の誰かの声だった。
「……いまの、全部——同じ魔力だったよな?」「火も水も風も土も——一つの力で?」「ありえねえ。そんなの教科書のどこにも——」
「……よし。次、四十七番」
教官が震える声で次の学生を呼んだが、誰もすぐには動けなかった。しばらくして、ようやく一人がおずおずと立ち上がり、標的の前に進む。でも——その目はまだ、俺の方を向いていた。
俺は静かに自分の席に戻った。すれ違う学生たちが、一斉に道を開ける。
ユリウス・クラインは——その顔から、一切の表情が消えていた。
ついさっきまで「学年主席」としての優越感に満ちていた顔が、今は能面のように無表情だ。いや、正確には——無表情の下に、さまざまな感情が渦巻いているのがわかった。困惑。驚愕。そして——初めて目の当たりにする、明確な「警戒」。あるいは——恐怖。俺を嘲笑っていた時と、同じ顔ではなかった。
実戦授業が終わったのは、日がだいぶ傾いた頃だった。学生たちが三々五々教室に戻っていく中、俺は最後に演習場を出た。
廊下を歩いていると——背後から、早足の足音が追いかけてきた。
「——おい、ヴァンデルト」
振り返らなくてもわかった。あの金髪。火属性A級のバッジ。今や学院中に知れ渡っている——ユリウス・クラインが、廊下の真ん中で立ち塞がっていた。いつもの取り巻きは連れていない。一人だ。そのことだけが、彼の本気度を物語っていた。
「……なんだ」
「あれは——なんなんだ。一つの魔力で火も水も風も土も——ありえねえだろ。そんなの。魔法の原理に反してる」
「原理に反しているから『無属性』なんだ」
その言葉に、ユリウスの顔がさらに強張った。
「ふざけるな」彼の声が、廊下に低く響く。「俺は火属性A級だ。この学年で主席を取るために、どれだけ努力してきたと思う。家柄だって——お前んとこの没落しかけてるヴァンデルトより、クライン伯爵家のほうが上だ。なのに——なんで。家柄も才能も何も持ってないはずのお前が——俺より、目立つんだ」
最後の言葉が、喉の奥から絞り出された。
(——ああ。そういうことか)
彼が怒っているのは、「ルールが破られた」からじゃない。自分より下にいるはずの存在が——家柄も才能もない「落ちこぼれ」が——自分を超えるかもしれないという事実に、耐えられないのだ。
ユリウスは、俺と同じだ。家柄と才能という「序列」の中でしか、自分の価値を証明できない。だからこそ——序列の外側にいる俺の存在が、彼の世界そのものを揺るがしている。
「才能は——なかった。三年前まではな」
俺は静かに言った。
「今は違う。この三年で——変わった。それだけだ」
ユリウスは拳を握りしめた。何か言い返そうとして——言葉が見つからない。無理もない。彼が信じてきた「才能は生まれつきのもので、努力で覆せない」という信念を、俺は身をもって否定しているのだから。
俺はそれ以上何も言わず、ユリウスの脇を通り過ぎた。
背後で——拳が、壁を叩く鈍い音がした。
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