14話 千年前の伝説

才能ゼロで追放された三男、実は最強の無属性でした2026-06-01 16:20:12

14話 千年前の伝説

学院での日々が積み重なるにつれて、俺への視線は次第に二つの方向に割れていった。
一つは——疑念と拒絶の目だった。「無属性? そんな伝説が実在するわけがない」「学院長が特別に認めたって言うけど——どうせ何かの間違いだろ」「ヴァンデルト家を追放された落ちこぼれが、なぜ今さら」。主に貴族の子弟たちの反応で、彼らは俺の存在を自分たちの世界観への脅威と捉えていた。彼らにとって属性の格付け——S、A、B、C——は絶対の序列であり、その序列の外側に「無属性」などという規格外が現れることは、彼らの優越性を根底から揺るがす。だから彼らは——俺を見ないふりをした。話題にしない。近づかない。関わらないことで、自分たちの秩序を守ろうとしている。
もう一つは——純粋な興味と期待の目だった。「面白いな。本当に無属性ってやつなのか」「一体どんな魔法が使えるんだ」「測定器が上限を振り切ったって——本当なのか」。これは貴族か平民かを問わず、序列よりも本物の力に価値を見出すタイプの学生たちだった。彼らは食堂で隣に座り、図書館で声をかけてきた。まだ遠巻きに観察している段階ではあったが——少なくとも、最初から拒絶はしていない。
(——同じ学院の中で、ここまで視線が割れるとは)
屋敷にいた頃には想像もできなかった。貴族の子弟だけの閉じた世界では、全員が同じ価値観を共有していた。序列が絶対で、才能がすべてで、序列から外れた者はただ排除されるだけだった。でも——この学院には平民の学生がいる。平民であっても優秀であれば一目置かれる。属性が弱くても、魔法理論に秀でていれば尊敬される。そんな多様な価値観が、確かにこの場所には息づいていた。
特に平民の学生たちの中には、俺に奇妙な親近感を抱く者もいた。
「お前って——貴族なのに追放されたんだろ」
食堂で隣の席に座った平民の少年が、マッシュポテトをかき込みながらストレートに聞いてきた。悪意はまったくなかった。ただ純粋に——同じ「はみ出し者」としての共感があるのだろう。
「……ああ。三年前に」
「なるほどな。俺は鍛冶屋の息子でさ。魔力はC級しかないけど、金属加工の技術だけは誰にも負けない。でも入学試験じゃ、同じ点数でも貴族の子より一段下に見られるんだよな」
彼は軽く肩をすくめて笑った。
「だから——あんたみたいなのがいるのは、正直、痛快だと思ってる。貴族のくせに序列の外側にいる奴が、実は一番すごいかもしれないって——そういうの、悪くないぜ」
そう言って、照れくさそうにパンをかじる彼を見て、俺は何も言わずに麦粥をすすった。でも——胸の奥が、かすかに温かくなった気がした。
(——俺の存在が、誰かの希望になっている。そういうことも、あるのか)
それまで考えたこともなかった。無属性であることは、俺自身の問題でしかなかった。でも——この学院の誰かにとっては、俺がここにいることそのものが「序列は絶対ではない」という証拠になり得るのだ。
授業中、俺は意図的に力を抑えていた。
レナード教授の魔法理論の講義で、学生たちが順番に魔力の基礎制御を披露する時間があった。掌の上に小さな火の粉を浮かべる者、水滴を丸く保つ者、そよ風を起こす者——それぞれが自分の属性に応じた実演を見せる中で、俺の番が回ってきた。
教室の空気が、一瞬で張り詰めた。全員の視線が俺に注がれる——「無属性とやらを見せてみろ」という期待と、「どうせ大したことはできない」という嘲笑が、半々に混ざった視線だった。
俺はゆっくりと手を上げ——掌の上に、小さな土の粒を一つだけ浮かべた。それだけだ。他の学生と同じ、一年生の基礎レベル。光も放たず、特別な速さもなく、ただ静かに土が浮かんでいるだけ。
「——なんだ、普通じゃん」「やっぱり大したことないな」
あちこちから落胆の声が漏れるのを聞きながら、俺は土の粒をそっと机の上に戻した。
(——それでいい。今は、これで十分だ)
まずは制御だ。カルドの畑で感情の昂りが雑草を暴走させたように、この力は今も「無意識」でしか発現しない。それを意識下に置き、意のままに操れるようになること——それが、今の俺に必要なすべてだった。学院という閉じた空間で、制御を失って暴走させるわけにはいかない。
教授だけが、俺の意図を理解していたようだった。講義の終わりに、そっと頷いてくれた。それだけで十分だった。
放課後、俺は真っ直ぐにレナード教授の研究室へ向かった。
教授の研究室は、相変わらず混沌の極みだった。床から天井まで積み上げられた古代文献。壁一面に貼られた手描きの地図と年表。机の上に散乱した鉱石サンプルと、飲みかけのコーヒーカップが三つ——いや、四つ。三十年来の無属性研究のすべてが、この狭い部屋に所狭しと詰め込まれている。初めて訪れた時は圧倒されたが、今ではこの混沌にさえ、妙な安心感を覚えるようになっていた。
「——さて、今日から本格的な制御訓練を始めるぞ」
教授は机の上の書類を脇にどけて、小さな土の粒を一つ、俺の前に置いた。親指の先ほどの、どこにでもある黒い土くれ。畑の土と何も変わらない、ただの乾いた土。
「手を使わずに、これを動かしてみなさい」
「手を——使わずに」
「そうじゃ。無属性は、すべての元素の根源。ならば、最も根源に近い『土』は、君にとって最も親和性の高い対象のはずじゃ。畑で土を耕すように——しかし、鍬ではなく、君の内なる力で」
俺は机の前に座り、土の粒をじっと見つめた。息を深く吸い込み、意識を集中させる。畑で鉱石粉に触れた時のように。井戸の底で石に手を当てた時のように。でも——今度は、直接触れてはいけない。触れずに、動かす。
(——うごけ)
土の粒は——微動だにしなかった。
もう一度。今度は、手のひらを近づけて——掌の中の熱が届く距離まで。畑で感じたあの温もりを、手のひらから空気越しに土に伝えるイメージ。
土の粒が——かすかに震えた。
「——動いた!」
「いや、まだ震えただけじゃ。しかし、初日で反応があっただけでも十分な収穫じゃ」
教授は満足そうに頷き——それから、真剣な表情で俺を見た。
「焦るな、アレク。千年封印された力を、一朝一夕で自在に制御できるはずがない。君の力は、無意識下での作用——感情の高まりや、対象に直接触れた時だけ発現する、いわば未分化の状態じゃ。それを意識下に置き、意のままに操る。それには——時間がかかる」
そう言って教授は、机の引き出しから古びた一冊の本を取り出した。黒い革表紙に、金箔で古代文字が刻まれている。
「『古代魔法陣の基礎構造』。本来は禁書で、学院の一般学生はもとより、教員でも閲覧許可が必要な代物じゃ。じゃが——君には必要じゃろう。無属性の制御には、古代の魔法陣理論が不可欠だと、わしは考えている」
俺は両手で本を受け取った。ずっしりと重い。ページを開くと、複雑な幾何学模様と、見たこともない古代文字がびっしりと並んでいる。カルドの村の納屋で書いていた観察ノートとは比べ物にならない——これは、千年の時を超えて受け継がれてきた、魔法学の最深部そのものだった。
「……ありがとう、ございます。教授」
「礼には及ばん。わしは三十年、たった一人でこの研究を続けてきた。誰も信じてくれなかった。誰も理解してくれなかった。でも今——君がいる。君という『生きた証拠』が、わしの隣にいる。それだけで——わしの人生は報われたも同然じゃ」
教授の目に、かすかに光るものがあった。俺は何も言わず、ただ本を胸に抱えた。
「次の講義までに、できれば第二章まで目を通しておいてくれ。わからぬことがあれば、いつでも聞きに来なさい。わしは——だいたいいつもここにおる」
「だいたい、ですか」
「うむ。トイレと食事以外は、な」
本を抱えて研究室を出た俺は、その足で学院の図書館へ向かった。教授が言った『古代魔法陣の基礎構造』の中に引用されている関連文献を探すためだ。
学院の図書館は、王都でも最大級の蔵書数を誇る巨大な施設だった。一般閲覧室だけでも村の集会所より広く、二階には教員専用の研究閲覧室、さらに地下には——限られた者だけが入れる閉架書庫があった。司書に学院長の発行した特例許可証を見せると、年配の司書は目を丸くしてから、無言で地下への階段を示した。
閉架書庫は——別世界だった。
高い天井まで積み上げられた黒檀の書架。空気は古い紙と革と——かすかに黴の匂いで満たされている。窓は目張りされ、陽の光さえ入らない。壁際に置かれたランタンの灯りだけが、細い通路をぼんやりと照らしていた。
(——これが、禁書の蔵)
俺は息を呑み、ゆっくりと通路を歩いた。『古代属性論 全十二巻』『封印魔法の起源と変遷』『失われた魔力循環の再構築』——どの背表紙にも、見たことのない古代文字でタイトルが刻まれている。禁書と言われるだけあって、魔法学院の公認カリキュラムから外れた——あるいは意図的に排除された——知識の集積だった。
その中で、一冊の背表紙に目が止まった。『根源属性概論』。
(——根源。教授が言っていた言葉と、同じだ)
手を伸ばして引き抜こうとした瞬間——
隣の書架の陰から、銀色が揺れた。
息を呑んで振り返ると——そこに、女生徒が立っていた。俺と同じ学院の制服に、三年生の学年章。銀色の長い髪が、ランタンの灯りを受けて絹のように輝き、菫色の大きな瞳が、静かに俺を見つめている。彼女は——俺の顔をちらりと見て、それから俺が手に取ろうとしている本のタイトルを横目で確認した。その表情は驚くほど無表情で、何を考えているのかまったく読めない。
(——見られた。禁書だ。しかも『根源属性』なんて、これ以上ないくらいに怪しいタイトル——)
俺が言い訳を考えているうちに、彼女は何も言わずに隣の書架から一冊の本を引き抜いた。背表紙には『無詠唱魔法の理論と実践』。それから、慣れた手つきで貸出票に署名し——俺の前を通り過ぎるとき、その本を俺の手元に、そっと置いた。
「……秘密を暴くなら——一人より、二人のほうが効率的よ」
声は、驚くほど静かだった。それでいて、はっきりと芯の通った響きを持っている。
俺が何か言うより早く、彼女は背を向けて閉架書庫の出口へと歩き去った。銀色の髪が闇に溶けるように消え、やがて階段を上がる足音だけが、かすかに聞こえた。
俺は手元に置かれた本を手に取った。『無詠唱魔法の理論と実践』。ページを開くと——彼女の字で、重要な箇所に細かい付箋が貼られている。誰かに読ませるために、あらかじめ準備していた本だ。まるで——俺がここに来ることを、前から知っていたかのように。
(——あの人は、誰だ)
閉架書庫のランタンの灯りだけが、静かに揺れている。俺は胸元の貸出票を思い出しながら、小さく呟いた。そこに署名されていた名前。
フィオナ・ラズウェル。三年生。侯爵家の長女。
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