11話 王都への道

才能ゼロで追放された三男、実は最強の無属性でした2026-06-01 16:19:51

11話 王都への道

魔法学院の門は、三年前とまったく同じ場所に、まったく同じ姿で立っていた。
白い石造りの高い門柱。その上に刻まれた学院の紋章——四大元素を表す四つの円が、中央の一点で交わる幾何学模様。門の両脇には、創立以来の歴代学院長の胸像が並び、それぞれが厳しい目で来訪者を見下ろしている。学生たちが行き交う前庭には、噴水が朝日を受けてきらめいていた。
俺はその門の前で、しばらく立ち尽くしていた。
(——三年前)
最後にここを通ったのは、鑑定の儀の帰り道だった。父と兄たちと共に、家の馬車で門をくぐった。馬車の中では、誰も口をきかなかった。父は窓の外を見たまま。マクシミリアン兄上は目を閉じて、まるで眠っているかのようだった。エドガー兄上だけが——何度かこっちを見ようとして、窓の外に目を戻して、俯いた。
その翌日には、俺は家を追い出された。
(——三年かけて、戻ってきた。自分の意志で、この足で)
深呼吸を一つ。門をくぐる瞬間、胸の奥でかすかに何かが軋んだが——すぐに収まった。大丈夫。三年前の俺じゃない。
学院の中は、特別試験の日とあってかなり混雑していた。普段は貴族の子弟だけが行き交う廊下に、今日は明らかに様々な身分の若者たちが並んでいる。刺繍入りの上等な服を着た者もいれば、俺と同じ継ぎ接ぎだらけの麻の服を着た者もいる。年齢もてんでばらばら——十代半ばに見える者から、二十歳前後に見える者まで。
(年齢制限なし、か。本当に誰でも受けられるんだな)
案内板に従って大講堂へ向かう。ここも三年前と同じだ。高い天井。壁一面に並ぶ歴代の優秀な魔法使いたちの肖像画。あの日、この部屋の壇上で、俺は「ゼロ」を宣告された。今は——その壇の前に、受付の長机が五つ置かれている。
「次の方——」
俺は列に並び、順番を待った。前に並んでいたのは、俺より少し年上の——十七か十八くらいの——平民の青年だった。手には使い込まれた工具のようなタコがついていて、技術者か職人の息子だろう。
「名前と、前回の鑑定結果を」
「フェルナン。三年前に——魔力制御不全で不合格です」
「ふむ。ではこの用紙に記入を。次の方——」
一歩前に進む。職員は顔も上げず、手元の書類に視線を落としたままだ。
「名前と、前回の鑑定結果を」
名前——口の中が、かすかに乾いた。
(——ここで、名乗る名は)
一瞬、頭をよぎったのは偽名だった。無理もない。ヴァンデルトの名を出せば、確実に波風が立つ。あの伯爵家の三男が、なぜ麻の服を着て農夫のような手をして現れたのか——余計な詮索をされるに決まっている。
でも——ポケットの中で魔石を握りしめた。三年間、この手で育ててきた、俺だけの力の証。それを隠して偽名を名乗るのは——この石に、ガルドに、そして三年間の自分自身に嘘をつくことになる。
「アレク。アレク・ヴァンデルト。三年前——才能値ゼロで不合格です」
ヴァンデルト——その名を、職員が聞き逃すはずはなかった。彼は初めて顔を上げ、俺の顔をまじまじと見つめた。麻の服。日焼けした浅黒い肌。分厚いタコに覆われた農夫の手。どう見ても貴族の子息には見えない——が、名前はまぎれもなく、王都でも指折りの伯爵家のものだ。
「……ヴァンデルト、ね。まあ——よかろう」
職員はそう呟いて、用紙を差し出した。何か言いたげな表情だったが、長年の経験で自分の仕事に徹することを選んだらしい。
「ここに署名を。次の方——」
俺はペンを取った。アレク・ヴァンデルト。三年ぶりに書く自分の名前は、驚くほど自然にペン先から流れ出した。屋敷を追われた夜、もう二度とこの名を名乗ることはないと思っていた。でも今は——違う。これは父のものでも、兄たちのものでもない。俺自身の名前だ。ここに、俺が書く意味がある。
受付を済ませると、受験者たちは隣の待合室に通された。大講堂の半分ほどの広さの部屋に、三十人ほどの若者が並べられた椅子に腰掛けている。ざっと見た限り、貴族と平民の比率は半々。平民は緊張した面持ちで、貴族の子弟たちは互いに小声で談笑している。
隣の席には、俺より少し年下に見える少女が座っていた。十四か十五。薄い茶色の髪を後ろで一つに結び、膝の上でぎゅっと拳を握りしめている。その手には薬草で染まった指先と、小さな火傷の跡がいくつも残っていた。
「……あの、緊張してますか」
声をかけると、少女はびくっと肩を震わせてから、こっちを見た。菫色の大きな瞳が、少しだけ潤んでいる。
「……はい。二度目なんです。前は魔力値が測定下限を下回って——才能なし、って。魔力はほとんどないけど、薬草ならわかるからって、実家の小さな薬草園でずっと働いてて。でも——先月、特別試験の噂を聞いて。もしかしたら——基準が変わってるかもしれないから、もう一度だけって」
彼女はそう言ってから、はっと口を押さえた。
「ご、ごめんなさい。初対面なのに、こんな話——」
「いや」俺は小さく首を振った。「俺もだ。三年前、ここで才能ゼロって言われた。それで家を追い出されて——辺境の村で三年、畑を耕して生きてきた。今日、もう一度だけ挑戦しようと思って」
「……そう、だったんですか」
少女の緊張が、少しだけ解れた気がした。同じ「才能なし」の烙印を押された者同士——それだけで、打ち解けられることがある。
(——俺だけじゃ、なかったんだな)
才能を否定された。それでも諦めずに、もう一度ここに来た人間が、他にもいる。魔力制御不全で不合格になった者、平民出身で学費の壁に阻まれた者、何より——俺と同じように「ゼロ」と判定されて、それでも立ち上がった者たち。みんな、それぞれの事情と傷を抱えて、この待合室に座っている。
「——ありがとう」少女が小さく微笑んだ。「なんか、一人じゃないんだなって思えて」
「……お互い、頑張ろう」
それだけ言うと、彼女は深く頷いた。
待合室に時折響くのは、試験官たちの冷たい声だけだった。「次の方」「では測定室へ」。番号で呼ばれた受験者は、緊張した面持ちで立ち上がり、廊下の奥に消えていく。戻ってくる者もいれば、そのまま違う出口から外に出される者もいる。不合格なら、その場で帰される仕組みらしい。
「次の方——十一番、アレク・ヴァンデルト」
番号が呼ばれた。立ち上がると、少女が小さく「がんばって」と言った。俺は軽く手を挙げて応える。
測定室へと続く廊下は、三年前と何も変わっていなかった。磨き抜かれた石の床。壁に等間隔で並ぶ燭台。そして、廊下の突き当たりにある——あの重い樫の扉。
扉を押し開けると、部屋の中央に巨大な水晶球が鎮座していた。成人の胴体ほどの大きさ。磨き上げられた台座の上で、朝日を受けて鈍く輝いている。その周りを囲むように、三人の試験官が立っていた。壁際には記録係が一人。空気は冷たく、紙と古い石の匂いが混ざっている。三年前と——まったく同じ光景だった。
「十一番、アレク・ヴァンデルト——」
記録係が名前を読み上げた瞬間、試験官の一人の手が、ぴたりと止まった。
五十がらみ。白髪交じりの髪を後ろにきっちりと撫でつけ、鷲のような鋭い目つきをした男。胸には学院の鑑定士の徽章。その顔を——俺は覚えていた。いや、忘れられるはずがない。三年前。この部屋で。四度測定をやり直して、五度目に「結果は変わりません。才能値——ゼロです」と言い放った鑑定士その人だった。
男は俺の顔をじっと見て——眉をひそめた。
(覚えているな。あんたも)
でも——確信は持てないようだった。無理もない。三年前の俺は、色白で華奢な貴族の坊ちゃんだった。今ここに立っているのは、日焼けした肌に、分厚いタコに覆われた農夫の手を持つ青年だ。同じ人間だとは、にわかには信じられないだろう。
「……水晶球に、手を置きなさい」
鑑定士は結局、何も確認せずにそう言った。その目がわずかに逸らされたのを、俺は見逃さなかった。面倒なことに関わりたくない——そんな顔だった。
俺はゆっくりと水晶球に歩み寄った。三年前と同じ、ひんやりとした感触が、タコだらけの掌に伝わる。磨き抜かれた表面に、自分の顔が歪んで映っている——金色の髪は伸び放題で、碧い瞳だけが、あの頃のままだ。
(——三年前の俺)
心の中で、そっと語りかける。雨の街道で泣き崩れた十二歳の俺。麦畑の土にすがりついて、自分には何もないと思い込んでいたあの日の俺。見ていてくれ。今度こそ——違う結果を。
「魔力測定を開始する」
鑑定士が杖を掲げた。水晶球が低い唸りを上げ始め、内部に淡い光が宿る——その光が、みるみる強くなっていく。
——次の瞬間。
装置が、けたたましい警告音を発した。
キィィィィン——という甲高い金属音が、測定室全体にこだまする。計器の針が激しく左右に振り切れ、すぐに上限を超えた。水晶球の内部に無数の光の筋が走り、部屋全体が白く染まる。光はどんどん強くなり、もはや直視できないほどだった。
「な——」
鑑定士の手から杖が滑り落ちた。大理石の床に当たって、からん、と乾いた音が響く。
「測定不能——数値が——」
記録係が震える声で叫ぶ。
「——上、上限を、完全に振り切っています! これは——」
三人の試験官が、ただ呆然と水晶球を見つめている。誰もが言葉を失っていた。この装置が上限を振り切るなど——学院始まって以来、前例がない。
俺は手を離さなかった。掌の中で、水晶球がかすかに震えているのがわかる。この装置は——俺の力を測れていない。いや、正確には「多すぎて測れない」のだ。
警告音が鳴り止まない。廊下から他の試験官たちが何事かと駆けつけてくる足音。記録係が机の引き出しを開けて慌てて非常用の書類を探している。部屋の中は混乱の極みだった。
その混乱の中で——測定室の入り口に、一人の老人が立っているのに気づいた。
痩せた体。丸眼鏡。白衣のポケットからは大量の紙がはみ出し、今まさに床にばらばらと落ちている。でも老人はそれに気づく様子もなく、ただ水晶球を——いや、水晶球に手を置く俺を——凝視していた。
その目が、見開かれる。唇が震え、皺枯れた声が絞り出された。
「——無属性」
老人の頬を——一滴の涙が伝った。
「間違いない……無属性だ。三十年。三十年探し続けてきた——伝説の。すべての元素の根源——絶対魔法が、今」
その言葉が終わる前に、水晶球が一際強い閃光を放ち——部屋全体が、白い光に完全に包まれた。
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