5話 明かされる数字
5話 明かされる数字
凛から「編成師」の称号をもらって、一週間が経った。
変わったこと。書類室の入り口に小さな木の看板がかかった。凛が勝手に作ったもので、『編成室』とだけ書かれている。字は少し右に傾いていて、それが彼女らしい。
変わらなかったこと。俺の朝は相変わらず依頼書の仕分けから始まる。違うのは、今はそれに加えて冒険者名簿と睨めっこする時間が増えたことくらいだ。
「桐生さん、次の編成お願いできますか」
受付の新人職員が、遠慮がちに依頼書を差し出す。俺が「編成師」になってから、少しずつ依頼が回ってくるようになった。まだ全体の二割にも満たないけど、それでも——ゼロから比べれば、大きな違いだ。
「はい、少し待ってください」
依頼書に目を通す。『オーク討伐——推奨ランクD、人数三名以上』。
頭の中に、ぱぱぱっと顔が浮かぶ。経験豊富なベテランじゃない。むしろ——中堅どころで、伸び悩んでいる三人。
「……前衛はゼド。盾を持たせて。彼、防御は固いけど攻撃が単調なのが弱点だから——側面から奇襲をかけられる軽戦士を一名。シンがいい。それと治癒師の朝比奈くん。オークは毒を持ってることがあるから、解毒魔法を先に使わせて」
すらすらと名前が出てくる。昔から——いや、この世界に来てからずっと、なのかもしれない。依頼書を見た瞬間に最適な編成が頭に並ぶ感覚は、もはや呼吸と同じくらい自然だった。
「ありがとうございます! すぐに招集します」
新人職員がぱたぱたと走り去ると、入れ違いに凛が入ってきた。
「お疲れさま。調子はどう?」
「……まあ、ぼちぼちです」
「嘘。今週だけで九件の編成依頼をこなしてる。成功率、もちろん——」
「まだ言わないでください。縁起でもない」
「百パーセントって言おうとしただけなのに」
凛はくすっと笑って、机の上の書類を覗き込んだ。
そう——一週間でさらに九件。累計で二十一件。成功率は、変わらず百パーセントだった。俺の編成が外れたことは、まだ一度もない。
それだけ聞くと、すごいことのように思える。
だけど。
「……ちょっと、いいですか」
俺はペンを置いて、凛に向き直った。
「どうしたの」
「俺のスキルって、やっぱりおかしいと思うんです」
凛は答えずに、じっと俺の目を見つめた。
「依頼書を読むと——依頼の内容だけじゃなくて、それをこなすのに必要なスキル構成が頭に浮かぶんです。この難易度なら前衛は何人必要で、どういう職種の組み合わせなら生存率が上がるか——まるで、計算式を解くみたいに」
「……計算式?」
「はい。たぶん——俺の頭の中で、冒険者一人ひとりが数字になってるんです。この人の攻撃力は何点で、こっちの人の防御力は何点で——それらを組み合わせたら、一番高い数字になる組み合わせが自然に見える」
言いながら、自分の言葉にぞっとした。
「人を、数字で見てるんです。俺は」
書類室に沈黙が落ちた。
凛は腕を組んで、しばらく天井を見上げていた。それから、ゆっくりと口を開く。
「ねえ、それって悪いこと?」
「……え?」
「人を数字で見るのが、悪いことかって聞いてるの」
「でも——普通じゃないですよね。こんなの」
「普通じゃないわね。でも、あなたがやってることは、結果として人を救ってる。だったら、数字で見てるかどうかなんて——」
凛は机に手をついて、少しだけ声を強くした。
「見方の問題じゃない?」
「見方、ですか」
「うん。『人を数字に還元してる』って言うと冷たく聞こえるけど——私から見れば、『一人ひとりの能力をちゃんと見て、最善の配置を与えてる』ってことよ」
彼女は机の上に積まれた依頼書の束を、一枚手に取った。
「たとえば、これ。ゼドさんって、ギルド歴四年の中堅冒険者だけど——ここ一年、ずっと伸び悩んでたの。パーティを転々として、どこでも『動きが鈍い』って言われて」
「……ゼドさんが?」
「でも、あなたがつけた編成だと——彼、すごく動けてる。バッシュが言ってた。『ゼドの野郎、最近やけに生き生きしてやがる』って」
俺は思い返した。ゼド——大柄で無口な斧戦士。確かに、彼が前に立つ編成をいくつか組んだ。彼の防御力と、後ろからの援護のバランスがちょうどいいと思ったからだ。
「それって、あなたが彼の能力をちゃんと『見てる』からでしょ。数字とか関係なく」
凛は依頼書を元の位置に戻した。
「……そう、ですかね」
「そうよ。自信持ちなさい」
彼女はそう言って微笑んだが、ふと表情を曇らせた。
「ねえ、ちょっと気になることがあるんだけど」
「なんですか」
「ここ一週間の数字——あなたの編成はやっぱり完璧なんだけど、それ以外の依頼の失敗率が、先週よりさらに上がってる」
凛は自分の手帳を開いて、数字を指差した。
「先週は達成率六十八パーセントだったのに、今週は——六十一パーセント」
「……下がってる」
「うん。でも、ギルド全体の依頼数は変わってない。むしろ増えてるくらい。ということは——」
「俺が編成した分だけ、他の依頼の成功率が下がってる」
「そういうこと」
お互いに黙り込んだ。
それはつまり——俺が適任者をピックアップすることで、残りの依頼には適任者が回らなくなっている、ということだ。
(俺のせいで、誰かが——)
「桐生くん、そこで落ち込まない」
凛がぴしゃりと言った。
「あなたが編成した依頼の成功率が百パーセントなのは、あなたの手柄。他の依頼の成功率が下がってるのは——」
「俺が、いい人材を全部取ってるからじゃ」
「違う。ギルドの編成システムがそもそも機能してなかったからよ」
彼女はきっぱりと言い切った。
「そもそも、あなたが来る前からギルドの死亡率は高かった。依頼書は山積み、編成は冒険者まかせ。あなたはそれを——整理して、数字の上でも可視化しただけ」
「……可視化しただけ」
「そう。問題を、見えるようにしたの。それは決して悪いことじゃない」
俺は机の上の万年筆を手に取った。キャップを外す——カチッという音が、いつもより大きく響いた。
「じゃあ——俺にできることって、なんでしょう」
「それを、これから考えるの」
凛は手帳を閉じて、にっこり笑った。
「幸い、このギルドにはおかしな編成師が一人いるんだから。活用しない手はないでしょ」
おかしな編成師——か。
確かに、おかしいのかもしれない。人を数字で見て、最適な配置を直感する。鑑定石が「整理員」としか表現できなかったのも、無理はない。
でも。
「……俺は」
俺は机の上に広がった依頼書の束を見渡した。どれも、誰かが困って出した依頼だ。魔獣に怯える村。盗賊に襲われる商人。薬草を必要とする病人。すべての依頼に、助けを待つ誰かがいる。
「困っている人を、助けられればそれでいいです」
声に出したら、なんだかとても単純なことのように思えた。
「それって、大剣士とか魔術師とかと関係なく——整理員でも、できることですよね」
凛はしばらく俺の顔を見つめてから、ゆっくりと口を開いた。
「桐生くん。あなたのその感覚——大剣士や魔術師より、ずっとすごいことだと思う」
「……そうですか?」
「うん。ギルドの全冒険者の中で、『困ってる人を助けたい』って一番シンプルに言えるの、たぶんあなただけ」
彼女は立ち上がって、入り口の看板を指差した。
「それに、もう整理員じゃないでしょ。編成師、桐生朔——よろしく」
そのとき、廊下から大きなくぐもった声が響いた。
「——ただいま戻ったぞ。副マスター、状況を報告しろ」
凛の顔が、ぱっと輝いた。
「ギルドマスター。予定より早かったみたい」
俺の手が、思わず万年筆を握りしめた。
御子柴龍之介——元Sランク冒険者。このギルドのトップ。つまり、俺の「上司の上司」にあたる人物だ。
「……いよいよ、ですね」
「うん。私、伝えてくる」
凛が振り返りざま、真剣な目で俺を見た。
「不安?」
「……正直、すごく」
「大丈夫。数字は味方よ」
彼女はそう言い残して、早足で廊下を走っていった。
俺は机の上を片付けながら、心臓がうるさいのを感じていた。
ギルドマスター——伝説の冒険者——
そんな人の前に、俺の数字を見せていいものなのか。
まだ、よくわからない。
でも、凛が言ったとおりなら——数字は、俺の味方なんだろうか。
窓の外では、昼下がりの太陽がギルドの石壁を白く照らしていた。通りを歩く人の声、荷馬車の車輪の音——この世界の日常が、いつもと変わらず流れている。
その日常のすぐ近くで、たぶん——何かが大きく動こうとしていた。
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