19話 副マスターの重み

ハズレ職「整理員」ですが、俺が組んだパーティは達成率100%です2026-06-01 16:17:39

19話 副マスターの重み

副マスターになって一週間。俺は、かつてない規模の「整理」に取り組んでいた。
書類室の壁には、ギルドの全組織図が張り出されている。受付、経理、在庫管理、新人育成、依頼管理——各部局の業務フローが色分けされて、一目でわかるようになっていた。
それを見た西園寺が「……なるほど」と呟いたのが、なんだか妙に印象に残っている。
「桐生副マスター。依頼分類の新基準案です」
元副マスターであり今は運営補佐となった西園寺が、分厚い書類の束を机の上に置いた。彼の字は相変わらず几帳面で、読みやすい。
「ありがとうございます。確認します」
「それと——新人育成プログラムの初回講習、明日の午後で調整が完了しました。講師はバッシュとシェリル。初回の参加者は十二名です」
「十二名。いい数字ですね」
西園寺は少しだけ口元を緩めた。拉致事件以来、彼は別人のように穏やかになった。いや——本来はこういう人だったのかもしれない。ただ、副マスターという立場が、彼を追い詰めていただけで。
俺が最初に手をつけたのは、依頼分類の見直しだった。
これまで、依頼は単純にランク別に仕分けられていた。FからAまで——でも、同じBランクでも「護衛」と「討伐」では求められる編成がまったく違う。
「依頼の種類別に七つのカテゴリーに分けました。討伐、護衛、探索、採取、救難、調査、その他。それぞれに適した職種構成のテンプレートを用意してあります」
「つまり——誰でも基本的な編成を組めるようにする、と」
「はい。緊急時に俺がいなくても——最低限の編成は他の職員でもできるように」
凛が隣で手帳を取りながら、感心したように言った。
「それって、自分の仕事を減らすってことじゃない?」
「減らしてもいいんです。俺の目的は——俺がいなくても、ギルドが回るようにすることですから」
「……そう言うと思った」
彼女は苦笑しながらも、目は優しかった。
二つ目の改革は、冒険者スキルの可視化だった。
これまで、各冒険者の能力は口コミや経験則で把握するしかなかった。誰がどの魔獣に強くて、誰がどんな魔法を使えるのか——ベテラン職員の頭の中にしかない情報だった。
「これを——名簿化します」
俺はギルド所属の全冒険者について、スキル、装備、得意分野、過去の実績を一覧にまとめた。作業には優真が進んで手伝ってくれた。
「朔さん、これ——すごいです。僕の治癒魔法の成功率まで載ってる」
「必要でしょう。編成を組むとき、治癒師の精度は生死を分ける」
「は、はい——でも、なんか、自分の能力を数字にされると、ちょっと照れますね」
優真は眼鏡を押し上げながら、まんざらでもない顔をした。
「そういえば、凛さん。これ、受付にも一冊置いてください。冒険者が自分で自分の適性を確認できるように」
「了解。——でも、これってつまり、あなたの代わりに誰でも編成ができるようになるってことよね」
「そうです。それが目標です」
「……あなたって、本当に欲がないわね」
凛がくすっと笑った。でもその目は——誇らしげだった。
三つ目の改革は、新人育成プログラムだった。
ギルドには毎月、新しい冒険者が登録に来る。転生者もいれば、地元の若者もいる。でも——これまで、新人の教育は先輩冒険者まかせで、体系的なプログラムがなかった。
「基礎体力の鍛え方から、依頼の受け方、パーティでの立ち回りまで——三ヶ月のカリキュラムを組みました」
バッシュが資料を眺めながら唸った。
「こりゃすげえな。俺が新人の頃にこれがあったら、もっと早くAランクになれてたかも」
「講師は、各分野のベテラン冒険者に依頼します。バッシュさんは前衛戦闘の基礎を。シェリルさんは魔法職の立ち回りを。慧さんは——」
「俺は剣術の型を教える」
慧が壁にもたれながら言った。
「ただし、教えるのは月に一度だけだ」
「それで十分です。あなたの剣術を見られるだけでも、新人には価値がある」
「……ふん」
慧は不機嫌そうに顔を背けたが、耳の先が少しだけ赤くなっていた。
それから三日間、ギルドはかつてないほどスムーズに回った。
依頼の達成率は安定して高く、新人の離脱率は下がり、ベテラン冒険者たちも自分の役割を明確に理解して動けるようになった。俺の「整理」は、書類から人へ、人から組織へ——その範囲を静かに広げていた。
「この一週間のギルド全体の依頼達成率——八十九パーセント」
凛が報告書を読み上げながら、驚いた顔をした。
「あなたが直接編成に関わらなかった依頼も、です。テンプレートとスキル名簿のおかげで——他の職員でも、ある程度の編成ができるようになった」
「……よかった」
「よかったって——自分の仕事が減ってるのよ? それでいいの?」
「いいんです。俺の目標は——」
「『俺がいなくてもギルドが回るようにすること』。……もうわかったわ」
凛は報告書を机の上に置いて、深く息を吐いた。
「でもね、桐生くん。みんなが自分で編成できるようになっても——誰も、あなたの代わりにはなれない。それは、忘れないで」
「……凛さん」
そのときだった。
ギルドの通用口から、ラッパの音が響いた。王都からの公式使節を知らせる、あの音だ。
凛の顔が、さっと強張った。
「……来た」
ホールに出ると、すでに冒険者たちが通用口の前に集まっていた。御子柴マスターを先頭に、バッシュ、慧、優真——みんなの顔が、緊張に包まれている。
通用口の扉が開き、六人の騎士を従えた一人の文官が姿を現した。派手な装飾のついたローブに、王都本部の紋章——天秤と剣を組み合わせた意匠——が胸元で光っている。
「王都ギルド本部・編成局長、アルバート・グランゼと申す」
男は慇懃に一礼すると、手にした巻物を広げた。
「辺境ギルド副マスター兼編成師——桐生朔殿。王都本部は、先般の火竜級魔獣討伐およびギルド運営改革における貴殿の功績を高く評価し——このたび、貴殿を王都本部直属の特任編成官として正式に迎え入れることを決定した」
ホールがざわついた。
「つきましては——明日、王都本部にて就任式を行う。準備を整え、我々と共に王都へ来られたし」
言葉は丁寧だったが——その実、拒否権などない命令だった。
俺が答えようとしたそのとき——
「お断りします」
慧が、一歩前に出た。
「こいつは、ここに必要だ。王都にやるわけにはいかない」
「水無月慧殿。これは王都本部の正式決定だ。一冒険者の意見で覆るものではない」
「なら——俺も王都に行く。こいつを連れて行くなら、俺もついていく」
「——俺もだ」
バッシュが斧を担ぎ直した。
「副マスターがいなきゃ、仕事にならねえ。連れて行くなら、俺たちごと連れてけ」
「僕もです」
優真が震える声で言った。
「朔さんがいるところが——僕の居場所です」
通用口に、重い沈黙が落ちた。
アルバート編成局長は、冷ややかな目で慧たちを見渡した。
「……これは驚いた。たかが一編集人をめぐって、これほどの忠誠心を示すとは」
彼は巻物をしまいながら、薄く笑った。
「だが——君たちに選択肢はない。これはギルド間の正式な人事異動だ。拒否すれば、君たちのギルドは王都本部から支援を打ち切られる」
「なに——」
「王都本部からの資金援助、大規模依頼の優先配分、物資の補給——それらすべてが停止される。辺境の一小ギルドが、果たしてそれで生き残れるか?」
ざわめきが、不安に変わった。
御子柴が、ゆっくりと口を開いた。
「——アルバート殿。一つ、確認したい」
「なんですか」
「その決定は——正式な理事会の承認を得ているのか」
アルバートの顔が、かすかに歪んだ。
「……まだ、手続き中だ。だが——」
「ならば、決定ではないな」
御子柴は静かに言った。
「理事会の承認がない以上、これはまだ『提案』に過ぎない。正式な決定が下るまでは——桐生朔は、このギルドの副マスターであり続ける」
彼は俺の肩に手を置いた。
「朔。お前はどうしたい」
全員の視線が、俺に集まった。
俺は——一歩、前に出た。
「アルバート編成局長。俺の答えは——」
深呼吸を一度。手にした万年筆が、かすかに震えている。でも——言わなければならない。
「俺は、ここに残ります」
アルバートの目が、見開かれた。
「……正気か? 王都本部には、このギルドの十倍の予算と、百倍の人員がいる。出世の道も——」
「出世のために、編成をしてきたわけじゃないんです」
俺は彼の目をまっすぐに見て言った。
「俺は——ここにいる人たちのために、編成を組んできました。凛さんが信じてくれて、慧さんが力を貸してくれて、優真が支えてくれて、バッシュさんたちが応えてくれた。このギルドが——俺の居場所です」
振り返って、みんなの顔を見た。
「だから——俺は、ここに残る。このギルドを、もっと良くする。それが、俺の整理です」
アルバートはしばらく俺を見つめていたが——やがて、深いため息をついた。
「……わかった。今日のところは、引き下がろう。だが——この話は、これで終わりではない。理事会が正式決定を下せば——否応なく、君は王都に来ることになる」
彼はくるりと背を向けて、騎士たちを従えて通用口を出ていった。蹄の音が遠ざかるまで、誰も——何も言わなかった。
「……行ったか」
御子柴が呟いた。
慧が、静かに俺の横に立った。
「お前も——言うようになったな」
「……慧さんたちのおかげです」
「ふん」
彼は短く笑って、背を向けた。でもその背中は——どこか、誇らしげに見えた。
凛が、そっと俺の腕に手を置いた。
「桐生くん。これで——終わりじゃないんだよね」
「はい。今日は引き下がっただけで——向こうは、絶対に引き下がらない」
「……だろうね。あなたの力は——それだけの価値がある」
彼女は窓の外を見つめた。遠くに見える王都の尖塔が、夕日に染まって赤く輝いている。
「だから——次に来るときは、もっと強い圧力で来る。今度は、ギルドごと——」
「凛さん」
俺は彼女の言葉を遮って、手にした万年筆を見つめながら言った。
「俺は——ここに残ると決めました。誰が来ても、どんな圧力がかかっても——俺は、ここを離れない」
万年筆を握りしめる。祖母の文字が刻まれたそれを、そっと胸の前に掲げた。
「それが——俺の、最初で最後のわがままです」
凛はしばらく黙っていたが、やがて——静かに微笑んだ。
「わがまま、ね。——上等じゃない」
彼女は背筋を伸ばして、俺の目を見つめた。
「じゃあ、私もわがままを言う。私は——あなたがどこにいても、ついていくから。王都でも、辺境でも——どこでも」
「……凛さん」
「これは決定。拒否権は認めません。——以上、受付主任命令」
彼女はそう言って、いたずらっぽく敬礼の真似をした。
窓の外では、夕陽が沈みかけていた。ギルドの鐘が鳴り、今日も一日が終わる。冒険者たちが帰還し、依頼の報告が受付に届き、酒場に灯りがともる。
いつもの日常。でも——その日常を守るために、俺はこれからも戦い続ける。
整理は——まだ、始まったばかりだ。
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