18話 頭を下げる日

ハズレ職「整理員」ですが、俺が組んだパーティは達成率100%です2026-06-01 16:17:35

18話 頭を下げる日

拉致事件から三日後、ギルドホールに全冒険者が集められた。
「なんだなんだ、今日は休業日じゃないぞ」
「全員集合って——今までなかったよな」
「なんかあったのか?」
ざわめく冒険者たちの前で、御子柴龍之介が壇上に立った。左頬の爪痕をゆっくりと撫でながら、ホールを見渡す。巨体が放つ威圧感に、ざわめきがすっと静まった。
「集まってもらったのは、他でもない」
御子柴の声は、ホールの隅々まで届くほどよく通った。
「先日の拉致事件——ならびに、編成師・桐生朔の二ヶ月にわたる功績について、正式な発表がある」
俺は壇の横で、心臓がばくばくするのを感じていた。隣には凛が立っていて、彼女もまた緊張した面持ちで御子柴を見つめている。慧は壁にもたれて腕を組み、優真は手をぎゅっと握りしめていた。
「まず——元副マスター、西園寺圭祐について」
御子柴が手を上げると、壇の後ろから西園寺が姿を現した。両手に縄はなく、背筋を伸ばして歩いている。ただしその目には、かつての鋭さはなかった。
「西園寺は、編成師拉致の首謀者として、本来ならば王都の司法機関に引き渡すべきところだ。しかし——」
御子柴は言葉を切って、西園寺を見た。
「彼は自ら、己の罪を認めた。そして——今後、ギルドの運営補佐として、立場を一からやり直すことを誓った」
ホールがざわついた。
「拉致の首謀者を、またギルドで雇うのか?」
「正気かよマスター……」
「——静まれ」
御子柴の一声で、ざわめきが止まる。
「私はな——数字を見る男だ。西園寺が過去十五年で積み上げてきた数字——ギルドの業務効率を三割向上させ、経理を健全化し、数十人の新人を育成した。その実績は、拉致事件という過ちで帳消しになるものではない」
彼は西園寺に向き直った。
「西園寺。お前はこれから——副マスターではない。一職員として、ギルドの運営を支えろ。それがお前の償いだ」
西園寺は深く、深く頭を下げた。
「……ありがたきお言葉。この身を以て、償わせていただきます」
彼は壇から降りながら、俺の前で足を止めた。銀縁の眼鏡の奥の目が、まっすぐに俺を見つめる。
「……桐生くん。君には——すまないことをした」
「いえ。これから——よろしくお願いします」
俺が手を差し出すと、西園寺は一瞬だけ目を見開き——そして、そっと握手を返した。その手は冷たかったが、かすかに震えていた。
「——そして」
御子柴が再び口を開いた。
「桐生朔」
名前を呼ばれて、背筋が伸びる。
「前に出ろ」
俺はゆっくりと、壇の中央に歩み出た。百を超える冒険者たちの視線が、一斉に俺に集まる。心臓がうるさい。手が震える。でも——逃げ出すわけにはいかなかった。
御子柴が、一枚の羊皮紙を掲げた。
「桐生朔。お前の二ヶ月間の実績を、ここに公表する——編成依頼数、五十一件。成功率、百パーセント。死者数、ゼロ」
ざわめきが広がった。五十一件——俺も数えていなかったが、そんなになっていたのか。
「彼が特に関与した依頼に限れば——火竜級魔獣討伐を含む、すべての依頼で死者ゼロ。これはこのギルドのみならず、王都近郊の全ギルドの歴史においても——前人未到の数字である」
御子柴は羊皮紙を机の上に置き、ゆっくりと——壇の上で、片膝をついた。
「——なっ」
ホールが、凍りついた。
元Sランク冒険者。ギルドマスター。王国でも五指に入る実力者が——編成師の前に、膝をついたのだ。
「御子柴さん——!」
俺は慌てて駆け寄ろうとしたが、御子柴は手で制した。
「桐生朔」
彼は膝をついたまま、顔を上げて俺を見た。ドラゴンの爪痕が残る顔に——深い皺が刻まれている。
「君は——このギルドの生命線だ。君がいなければ、この二ヶ月で十人以上の冒険者が命を落としていた。火竜戦でも——君の編成がなければ、百人単位の犠牲者が出ていただろう」
御子柴は右手を胸に当てて、宣言した。
「故に——私は君に、このギルドの副マスターの地位を授ける」
沈黙。そして——
「——うおおおおおっ!」
バッシュが吠えた。
「副マスターだってよ! 聞いたかお前ら!」
「掃除係から副マスターって——伝説じゃねえか!」
「当然だろ! あいつがいたから、俺たちは生きてるんだ!」
歓声が、ホールを揺らした。
俺は——ただ立ち尽くしていた。副マスター。たかが二ヶ月前に整理員と判定された俺が——ギルドの副マスター。
「……俺に、務まるでしょうか」
「務まるかどうかではない」
御子柴は立ち上がり、俺の肩に手を置いた。
「務めるんだ。お前には——その力がある」
彼はうっすらと笑った。その顔を初めて見た気がした。
「それと——お前の笑顔も、見てみたいものだな」
「……え?」
「いや、こっちの話だ。——さあ、前を向け。お前を待っている者たちに、一言あいさつを」
壇に向き直ると——百人を超える冒険者たちが、俺を見ていた。いや——待っていた。
バッシュ。ゼド。シェリル。グレン。シン。みんな、俺が編成を組んできた冒険者たち。そして——慧。壁にもたれたまま、目だけで「早くしろ」と言っている。凛。壇の横で、涙をこらえて頷いている。優真。眼鏡の奥の目を、真っ赤にしながら笑っている。
俺は息を吸って——口を開いた。
「……俺は、整理員です」
笑いが起きるかと思ったが——誰も笑わなかった。
「二ヶ月前、このギルドで鑑定を受けて——整理員だと言われました。誰も聞いたことのない職業で、みんなに笑われました。俺自身も——これで何ができるんだろうと思ってました」
ホールが、静まり返っている。
「でも——目の前に、ぐちゃぐちゃの依頼書の山があった。それを整理しているうちに——気づいたんです。書類を整理することは、情報を整理することだ。そして情報を整理することは——人を整理することでもある」
俺は手に持った万年筆を見つめながら、続けた。
「俺にできることは——整理だけです。書類を整理して、情報を見えるようにして、誰かと誰かを正しく繋ぐ。それだけです。でも——それだけで、誰かが助かるなら。俺は——これからも、整理を続けます」
顔を上げて、ホールを見渡した。
「副マスターとして——じゃなくて。編成師として。整理員として。これからも——よろしくお願いします」
深く、頭を下げた。
一拍の静寂。そして——
拍手が、ホールを包んだ。
それはいつまでも鳴り止まず、壁に反響し、外を通りかかった街の人々が何事かと覗き込むほどだった。
壇を降りると、凛が駆け寄ってきた。
「——おめでとう」
「……ありがとうございます」
「でもね、桐生くん」
彼女は声を潜めた。
「さっき、王都本部から連絡があったの。御子柴マスターが副マスター任命を正式に通達したら——それに対して、王都本部が即座に返事を返してきた」
「……なんて?」
「『桐生朔の副マスター就任を認める。ついては近日中に、王都本部より正式な使者を派遣する。——編成師の接収手続きのため』」
接収手続き——西園寺がまいた種は、まだ枯れていなかった。
「……わかりました」
俺は万年筆を握りしめた。
「副マスターとして——最初の仕事ですね」
凛は一瞬息を呑んでから、小さく笑った。
「そうね。じゃあ——がんばろっか、副マスター」
そう言って差し出された彼女の手を、俺はそっと握り返した。
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