11話 王都からの試練
11話 王都からの試練
作戦拠点は、王都の北に広がる大森林の入り口に設営されていた。
俺たちが到着したのは、伝令を受けてから三日後の早朝。馬車を降りると、目の前には百を超える天幕が立ち並び、各ギルドの旗が風にたなびいている。赤獅子、白鷲、鉄盾——王都近郊の名だたるギルドが、この作戦に参加していた。
「すごい数……」
隣で優真が息を呑んだ。慧は無言で天幕の配置を見回し、凛は抱えた書類の束を確認している。
「辺境ギルドの編成師だな」
天幕の一つから出てきた男が、俺たちに声をかけてきた。四十代半ば、赤獅子ギルドのギルドマスター——ガルドという名前だ。
「聞いてるぞ。達成率百パーセントだそうだな。だがな——ここは辺境とは違う。三つのギルドが集まってる。それぞれに流儀があり、面子がある。その面子ってやつを、お前みたいな若造が扱えるのか」
「……やってみます」
「ふん。まあ、見せてもらおう」
ガルドは興味なさそうに背を向けた。彼だけじゃない。他のギルドの隊長たちも、俺を見る目は同じだった——二十にも満たない若造が、何の実績もない編成師が、百人を動かせるはずがない。そういう目だった。
作戦本部の天幕の中で、俺は三つのギルドから提出された戦力リストと向き合っていた。
赤獅子——戦士中心、火力偏重。突撃型。
白鷲——魔法使い中心、遠距離型。単独行動を好む。
鉄盾——盾役中心、防御型。他ギルドと組むのを嫌う。
これらのギルドは平素から仲が悪い。特に赤獅子と白鷲は、半年ほど前に合同依頼で衝突して以来、互いに口もきかない状態だという。
「どうだ」
天幕の入り口から、ガルドが覗き込んだ。
「編成はまとまったか。できれば——うちの赤獅子を、最前線に置いてもらいたいんだが」
「ガルド殿、それは困る」
別の声。白鷲ギルドのマスター、シルヴィアが腕を組んで立っていた。
「最前線に立つのが誇りなら、うちの魔法隊がその後ろから支援するのが妥当。一番危険な場所は——当然、白鷲に任せてもらおう」
「はあ? お前みたいな後方支援野郎が最前線なんて——」
「なんですって?」
いきなり言い争いが始まった。
俺は二人の間に割って入ることもできず、ただ戦力リストを握りしめて立ち尽くしていた。
(どうすれば——)
そのときだった。
「——静かにしろ」
天幕の入り口をくぐったのは、御子柴龍之介だった。左頬の爪痕をゆっくりと撫でながら、二人のマスターを冷ややかに見下ろす。
「マスター……」
「ここは合同作戦だ。お前たちの面子の張り合いなど、聞く価値もない」
御子柴は俺のほうに歩み寄ると、戦力リストを覗き込んだ。
「桐生。どう見る」
「……まだ、迷っています」
「迷うな。お前の頭にあるものを、そのまま出せ」
巨漢のギルドマスターの目が、じっと俺を見つめていた。その目は——疑いではなく、期待だった。
(信じてくれている)
俺は深く息を吸って、手に持ったリストを机の上に広げた。
そして——見えた。
「……わかりました」
ペンを取る。三ギルドの戦力が、頭の中で一本の線に組み上がっていく。
「まず、最前線は——鉄盾ギルドです」
「なに?!」「盾役が最前線だと?」
「はい。災害級魔獣の最大の脅威は、突進攻撃です。それを防げるのは、鉄盾の重装備しかいません。ただし——盾役だけで持ちこたえるのは難しい。だから、鉄盾のすぐ後ろに、赤獅子の戦士を配置します」
ガルドが食いついた。
「うちの戦士が、盾の後ろだと?」
「赤獅子の得意分野は、盾役が敵の攻撃を受け止めた直後のカウンターです。鉄盾が相手の突進を防いだ瞬間——その一瞬の隙に、赤獅子が最大火力を叩き込む」
ガルドの目が、わずかに変わった。
「……なるほど。たしかに、うちの戦士はカウンターが得意だ」
「そして白鷲の魔法隊は——左右の側面に展開します。正面から赤獅子が敵を引きつけている間に、側面から集中的に攻撃魔法を叩き込む。直線的な突進に強い魔獣ほど、側面攻撃に弱い——これがセオリーです」
シルヴィアが腕を組んだまま、じっと編成図を見つめている。
「側面から、ね。たしかに——正面から撃ち合うより、よほど効率的だわ」
「ただし、注意点が一つ。側面展開中は白鷲が完全に無防備になります。なので——鉄盾から小隊を割いて、護衛につけます」
「鉄盾が、白鷲の護衛を?」
鉄盾のマスターが眉を上げた。
「我々と白鷲は——」
「過去のいざこざは承知しています。でも、鉄盾の重装備は、近接戦闘だけでなく護衛任務でも他ギルドを圧倒します。信頼できる鉄盾が護衛にいると知れば、白鷲も安心して魔法に集中できる」
俺は三人のマスターの顔を順に見た。
「これは面子の作戦じゃありません。生き残るための作戦です」
天幕の中が、静まり返った。
最初に口を開いたのは——ガルドだった。
「……ふん。まあ、理屈は通ってるな」
「効率的だと思うわ」
シルヴィアも頷いた。
「鉄盾としても——正面の防御が、作戦全体の鍵を握るなら、悪い気はしない」
三人のマスターが、互いに顔を見合わせる。そこにはもう、さっきのいがみ合いはなかった。
御子柴が、静かに笑った。
「これが——辺境ギルドの編成師、桐生朔だ」
作戦は、翌朝の払暁に決行された。
災害級魔獣『双頭の大蛇』——全長は優に五十メートルを超え、二つの首がそれぞれ火炎と毒霧を吐く。王都近郊でこれほどの魔獣が確認されたのは、二十年ぶりだという。
だが——俺の編成は、完璧だった。
鉄盾が最初の突進を受け止める。地響きのような衝撃が、森中に轟く。
「今だ——赤獅子、突撃!」
ガルドの号令で、赤獅子の戦士たちが盾の隙間から飛び出した。光る剣戟が、大蛇の胴体に叩き込まれる。
同時に——左右の側面から、白鷲の魔法が炸裂した。氷の槍、雷撃、風刃——多属性の魔法が、死角から大蛇の急所を正確に貫く。
「鉄盾小隊、白鷲を守れ!」
「了解!」
そして、後方では——
「朝比奈優真、三番隊の回復に入ります!」
「前方の負傷者、私が受け持ちます——凛、記録頼む!」
「了解!」
百人を超える冒険者が、まるで一つの生き物のように動いていた。
鉄盾が守り、赤獅子が攻め、白鷲が援護する。普段は反目し合うギルドが——今は完璧な連携を見せている。
俺は後方の指揮天幕から、その光景を呆然と見つめていた。
(……うまくいってる)
作戦開始から一時間。大蛇の動きが、明らかに鈍った。
「残り首ひとつ!」
慧が叫んだ。戦闘の最前線に立つ彼の二本の剣は、すでに大蛇の血に濡れている。
「もう少しだ——全員、最後まで気を抜くな!」
そして——
大蛇の巨体が、地響きを立てて倒れた。
勝鬨が、森中に響き渡った。
作戦終了後、俺は戦闘の余韻が残る天幕の中で、ひとり戦果報告をまとめていた。
参加人数、百二十三名。負傷者、十一名。重症者、ゼロ。死者、ゼロ。
百人を超える作戦で、死者ゼロ。
(……できた)
そのとき、天幕の入り口から光が差し込んだ。
「桐生朔」
振り返ると、三人のギルドマスターが立っていた。
ガルドが、深く頭を下げた。
「……すまなかった。若造呼ばわりして——見る目がなかった」
「私もよ」
シルヴィアが続いた。
「あなたの編成がなければ、被害は十倍だったかもしれない。感謝するわ」
「鉄盾としても。あの編成は——我々の誇りを取り戻してくれた」
三人が頭を上げたとき、その目にはもう、疑いの色はなかった。
「桐生朔。あなたの編成は——本物だ」
ガルドの言葉に、俺はただ、ぺこりと頭を下げることしかできなかった。
その日の夜。
作戦の成功は、瞬く間に王都中に広がった。ギルドの伝令が走り、酒場では語り草になり、王都本部の掲示板には公式の戦果報告が張り出された。
「どうやら有名になったみたいね」
凛が、王都本部から届いた書簡の束を俺に渡した。
「編成依頼が殺到してる。それも——あちこちのギルドから」
「……こんなに」
「百人規模の作戦を死者ゼロで成功させた編成師——そりゃ、注目されるわよ」
彼女は笑っていたが、その目は少しだけ曇っていた。
「でもね、桐生くん。注目されるってことは——同時に、狙われるってことでもある」
「……狙われる」
「うん。あなたの力を利用しようとする者。あなたの存在を脅威に思う者。王都には——いろんな人がいる」
俺は書簡の束を見つめながら、西園寺の顔を思い浮かべていた。彼が王都本部に送ったあの密告。それが——今、どんな形で動いているのか。
同じ頃、王都のはずれ。
細い路地の奥で、フードを被った一人の男が、壁に張り出された戦果報告をじっと見つめていた。
『編成統括責任者——桐生朔』
その名前の上を、男の指がゆっくりとなぞる。
「……見つけたぞ」
フードの下から覗いたのは——銀縁の眼鏡だった。
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