8話 最適の証明

ハズレ職「整理員」ですが、俺が組んだパーティは達成率100%です2026-06-01 16:16:42

8話 最適の証明

岩石竜を討伐した翌日から、慧は変わった。
彼は朝一番に書類室を訪ねるようになった。
「次の依頼は」
「あります。Cランクの集団討伐——」
「俺に合わせなくていい。お前が最適だと思う編成を言え」
俺が名簿を開く間、慧は壁にもたれて腕を組んだまま待っている。かつての嘲笑も、居丈高な態度もなかった。ただ、依頼をこなすために必要な情報を、最短で手に入れようとしている。
「……バッシュとシェリル、グレン。あと、治癒師は朝比奈くんで」
「わかった」
慧は編成メモを受け取ると、すぐにホールへ向かった。五分もしないうちに三人を集め、十分後にはもうギルドを出発している。
その繰り返しだった。
一週間で六件。
Cランクの集団討伐、Dランクの護衛任務、Bランクの魔獣掃討——すべて成功。それも、今までの慧からは考えられないほどのスピードで。
「慧の野郎、別人みてえだな」
酒場でバッシュが大きな声で言った。ジョッキを傾けながら、隣に座るゼドに話しかけている。
「前は絶対にパーティなんて組まなかったのに、今じゃ編成師のとこに毎朝通ってる」
「しかもよ、あの言い方だぜ。『編成を言え』って。命令じゃねえんだよな、あれは——」
「信頼してるんだろ。あの慧が、他人に任せてる」
確かに、それはギルド中が驚く変化だった。
Aランクの孤高の剣士——誰にも頼らず、誰とも組まず、一人で戦い続けてきた男が、今では編成師の提案に素直に従い、仲間と共に依頼をこなしている。
その成果は、数字にも表れていた。
「今週だけで、Aランク依頼の達成率が——九割を超えました」
凛が集計表を見せながら言った。
「先月まで五割そこそこだったのに。慧さんが動き始めてから、一気に伸びた」
「……慧さんがパーティで動くようになったからですか」
「それもある。でも一番の理由は——」
凛は表の隅を指差した。
「あなたが編成したパーティが、全部成功してるから。慧さん一人の変化じゃない。ギルド全体の数字が——あなたの編成を中心に回り始めてる」
俺は表を覗き込んだ。確かに、ここ一週間の依頼達成率は跳ね上がっている。特に、俺の編成が入った依頼は百パーセント——今さら驚くことでもないが——それ以外の依頼も、なぜか成功率が上がっていた。
「他の依頼も良くなってるのは?」
「たぶん、いい冒険者がいい編成で動くようになったから、ギルド全体の士気が上がったんだと思う。成功が成功を呼んでる」
「……俺の編成がなくても、うまく回るようになるのが理想なんですけどね」
「それ、本気で言ってる?」
凛が呆れた顔で俺を見た。
「あなたの編成を中心に回るのが、今のギルドにとって一番効率的なんだってば」
「でも——俺一人に依存するのは、良くないと思います」
「またそういうこと言う」
彼女は笑いながら手帳を閉じたが、その言葉は半分本気だった。ギルドが俺の編成に依存する——それは、裏を返せば俺がいなくなったらギルドが機能不全に陥るということだ。まだ先の話かもしれないが、頭のどこかに置いておくべき問題だった。
その日の午後も、慧のパーティは快進撃を続けた。
彼らが挑んだのは、三件の連続討伐依頼——通常なら別々のパーティがそれぞれ一週間かけてこなす量を、たった三日で片付けてしまった。
「ありえねえ……!」
「Bランクの魔獣を、三体連続で?」
「しかも全員、かすり傷一つないだと……?」
慧たちが三件目の報告に戻ってきたとき、ホールは騒然となった。
バッシュが斧を肩に担いで笑う。
「慧の野郎、すげえんだよ。敵の動きを読んで、一番いいところで一番いい一撃を入れる。俺たちはその隙を作るだけ——それで全部片付く」
「いや、バッシュの盾がなかったら、俺は動けなかった」
慧が静かに言った。
「グレンの矢がタイミングよく飛んで、シェリルの氷が敵の動きを止めて——優真の回復があったから、安心して前に出られた」
彼は四人を順に見渡してから、最後に俺を振り返った。
「そして——朔の編成があったから、このメンバーが揃った」
ホールにいる全員が、息を呑んだ。
慧が——他人を認めた。それも、一人じゃない。仲間全員の名前を挙げて、全員に感謝した。そして何より——俺の編成を、正面から認めた。
「……慧さんが、あんなこと言うなんて」
凛が小声で呟いた。その声は驚きと——少しの嬉しさが混ざっていた。
「俺は、一人で戦うのが強さだと思ってた」
慧は続けた。
「だが、違った。お前たちがいて——お前がいて、初めて俺は本当の力を出せる。今なら、そう思える」
彼は俺のほうに歩み寄り、静かに言った。
「桐生朔。お前の編成は——本物だ」
どよめきが広がった。酒場の冒険者たちが口々に「慧が言ったぞ」「マジかよ」とざわついている。カウンターの職員たちも顔を見合わせて、驚きを隠せない。
俺は何と答えればいいのかわからず、ただ小さく頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだ」
慧はそう言って、バッシュたちを連れて酒場へ向かった。「今日は俺の奢りだ」——その一言で、ホールが歓声に包まれた。
その喧騒の片隅で。
一人だけ——笑っていない男がいた。
ホールの奥、副マスター執務室の入り口に立つ西園寺圭祐。銀縁の眼鏡の奥の目が、じっと俺を見つめていた。
表情は変わらない。ただ、指先が——持っていた書類の端を、ぎゅっと握りしめている。
「……副マスター」
通りかかった職員が声をかけると、西園寺はぱっと手を離した。何事もなかったかのように、書類の皺を伸ばしながら、静かに言った。
「いや——何でもない」
彼は執務室の中へ消えた。扉が閉まる音が、騒がしいホールの中でひときわ大きく響いた。
翌朝、俺が書類室で作業を始めようとしたとき、西園寺が姿を現した。
「桐生くん。少し、いいかね」
「……はい」
彼は部屋の中に入ると、壁一面に並んだ依頼書の棚をじっくりと眺めた。四週間前まで埃の山だった場所が、今ではギルドで一番整理された空間になっている。
「見事なものだ。この短期間で、よくここまで整えた」
「ありがとうございます」
「ギルドマスターも、君の働きを高く評価している。正式な編成師としての登録も、当然の判断だった」
西園寺は机の前に立つと、おもむろに一枚の書類を差し出した。
「これは、今後の編成業務に関する——新しい規定案だ」
受け取って目を通す。そこには——俺の編成権限を、大幅に制限する内容が書かれていた。
「……Bランク以上の依頼は、副マスターの事前承認が必要」
「うむ。君の仕事ぶりは素晴らしいが——まだ経験が浅い。高難度依頼の編成には、上級管理職の確認が不可欠だと考えた」
「つまり——俺が編成しても、副マスターの許可がなければ実行できない」
「そういうことだ」
西園寺は眼鏡を押し上げながら、穏やかな声で続けた。
「何も君を軽んじているわけではない。これは組織としての——当然の手続きだ。君の将来のためでもある」
「……将来のため」
「そうだ。もし高難度依頼で失敗でもすれば——君のキャリアは終わる。だが、私が承認という形で責任を負えば、君は守られる。わかるだろう」
なるほど——そういう理屈か。
表向きは俺を守るため。でも、実質的には——俺の動きをコントロールするためだ。
「……少し、考えさせてください」
「もちろんだ。返事は急がない」
西園寺は書類を机の上に残して、部屋を出ていった。廊下に消える直前、彼の背中が一瞬だけ止まった気がしたが——振り返らなかった。
俺は机の上の規定案を見つめながら、深く息を吐いた。
(俺の編成が、誰かの邪魔になり始めてる)
放っておけばいい——そう思えれば楽だった。でも、西園寺の言うことも一理ある。もし俺が本当に高難度依頼でミスをすれば、その責任は計り知れない。
机の上の万年筆を手に取る。カチッという音が、頭の中の雑音を少しだけ静めてくれた。
昼休み、俺は凛に規定案のことを話した。
「はあ?!」
彼女は大声を上げてから、慌てて口を押さえた。
「なにそれ、絶対おかしい。Bランク以上は副マスターの承認が必要? そんなの——あなたの編成を止めたいだけじゃない」
「……でも、理屈は通ってます。組織としての手続きを踏むのは、間違いじゃない」
「桐生くん、あなたね——」
凛は机に両手をついて、顔を近づけた。
「西園寺副マスターはね、ギルドの実務を一手に握ってるの。編成業務もずっと彼の管轄だった。そこに突然、あなたみたいな新人が現れて、しかも——」
「——成果を出しすぎた」
「そう。あなたの存在が、彼の立場を脅かし始めてるのよ」
確かに、それはありえる話だった。西園寺は長年副マスターとしてギルドを支えてきた。そこに、たった一ヶ月で結果を出した俺が現れた——面白くないのは当然だ。
「でも——どうすればいいんでしょう」
「簡単よ。もっと成果を出すの」
凛はにっこり笑った。
「あなたの数字が、誰の目にも明らかなものになれば——副マスターといえども、止められなくなる」
「……なるほど」
「ギルドマスターは数字を見る人だから。西園寺さんのご機嫌取りより——あなたは自分の仕事を続ければいい」
彼女の言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
俺は世渡りが上手いほうじゃない。権力争いも、かけひきも、得意じゃない。でも——数字で勝負するなら、それは俺の土俵だった。
「……わかりました。続けます」
「よし。じゃあ早速、次の編成——」
凛が依頼書を広げようとしたとき、書類室の扉が開いた。
「朔」
慧だった。手に一枚の依頼書を持っている。
「Aランクの緊急依頼だ。西園寺の承認を得る前に——お前の編成が聞きたい」
彼は依頼書を机の上に置いた。そこには、見たこともないほど危険度の高いマークが押されていた。
「……いいんですか。副マスターの許可なしで」
「俺は、西園寺に認めてもらうために戦ってるんじゃない」
慧は静かに言った。
「お前の編成は本物だ。俺が保証する」
その一言が——やけに、胸の奥まで響いた。
万年筆を握り直す。深呼吸を一度。
「わかりました。編成します」
俺は名簿を開いた。窓の外では、午後の陽射しがギルドの壁を照らしている。ホールからは、今日も冒険者たちの賑やかな声が聞こえていた。
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