2話 違う、俺にだけだ「ツンデレキャプテンは人を褒めない。ただし俺には一言多い。」

ツンデレキャプテンは人を褒めない。ただし俺には一言多い。2026-05-09 13:24:36

2話 違う、俺にだけだ「ツンデレキャプテンは人を褒めない。ただし俺には一言多い。」

(だから、寝不足だって言ってるだろ)
三時間しか寝てない頭で、心のなかだけはやけに饒舌だ。
グラウンドに立つと足が重い。昨晩、ベッドのなかでずっと考えていたせいだ——〈俺にだけ〉という、あの可能性。キャプテンの無表情と、わずかに赤かった耳。勘違いかもしれないのに、まぶたの裏にこびりついて離れない。
「おい副キャプテン、パス!」
田中の声で我に返る。慌ててボールを出すが、明後日の方向。
「……悪い」
「お前マジで調子悪いな。どうした」
駆け寄ってきた田中の顔に、珍しく心配そうな色が浮かぶ。
「寝不足だ」
「ふーん」
(絶対信じてない顔だ)
言い訳しながら、視界の端にキャプテンの姿を捉えてしまう。鈴木キャプテン。今日も壁際で腕を組み、無表情で練習を見ている。ただ立っているだけなのに、そっちに空気が吸われていく。
「よし、もう一本!」
声を張ろうとした——裏返った。
(クソ。なんで今)
田中が口元をゆるめるのが見えた。絶対あとでツッコまれるやつだ。
深呼吸。大丈夫。ただの観察だ。昨日のあれが本当かどうか、自分の目で確かめるだけ——
「はいラスト!」
高橋の掛け声で最後のメニュー。俺のサーブがネットに引っかかった。凡ミス。誰にでもある。
問題は、そのあとだ。
キャプテンがこっちを見ていた。動かない。声もかけない。
ただ、見ている。
他のメンバーがミスしたときより——一拍、長い。
(考えすぎだ。たまたまだ)
自分に言い聞かせるのに、昨日の「まあよかった」が脳裏をよぎる。一拍の沈黙がやけに重い。空気が少しだけ変わった気がした。
「……切り替えろ」
短い。それだけ。
それだけなのに、心臓がうるさい。
(だから、キャプテンのせいだ)
練習中、それ以上彼を見ることができなかった。
---
通称「葬式反省会」。
今日もミーティングルームの空気は重い。モニターに練習データが映し出され、キャプテンがその前に立つ。相変わらずの無表情。腕を組んで、画面をじっと見つめている。
俺はタブレットを手に、隅の席に座った。
(よし。今日こそ、ちゃんと観察する)
タブレットを盾にするように構え、キャプテンの一挙手一投足を注視する。
まずはリベロの渡辺。
キャプテンが映像を止めた。
「基礎の足さばきが甘い。基礎からやり直せ」
淡々とした声。それだけ。渡辺が小さく「はい」と返す。
フォローの言葉は——ない。
(まあ、渡辺は一年だしな。まだ厳しくて当然か)
次。エースの高橋。
「スパイク、力みすぎ。フォームが崩れてる」
「うっす……」
高橋もそれだけ。うちの得点源なのに、この扱い。
セッターの田村。
「トスが単調。相手に完全に読まれてた」
田村は唇を噛んでうつむく。キャプテンは何も言わない。「まあ」もなければ、「よかった」のかけらもない。
(渡辺、フォローなし。高橋、フォローなし。田村、フォローなし)
タブレットの裏で、心臓が早鐘を打ち始める。
(やっぱり——)
いや、まだわからない。次で決まる。
残るは俺だけだ。
「佐藤」
名前を呼ばれた。
タブレットを持つ手に汗がにじむ。前より心臓がうるさい。
(落ち着け。ただの分析だ。昨日と同じだ)
「後半、ここの切り替えが0.3秒遅れました。データ上、ここ数試合の傾向です。意識して修正します」
言い終えた。
あとはキャプテンの反応を待つだけ。
沈黙。
一拍。
二拍。
三拍——
(長い。昨日より、明らかに長い)
プロジェクターのファンの音だけがかすかに聞こえる。息を止めているのが自分でもわかった。
キャプテンが口を開く。
「……ここは、まあよかった」
どくん、と。
昨日より一拍長い沈黙のあとの、同じ四文字。
そして——
(耳だ)
キャプテンの耳が、ほんのり赤い。
照明の加減でも、角度のせいでもない。たまたま俺の席からだけ見える、ほんのりとした熱の色。
(こいつ——照れてる)
タブレットの裏で、気づかれないように拳を握る。指先が震えている。この高揚を隠すのに必死だった。
(違う。俺にだけだ。間違いない。この人は、俺にだけ——)
短くてそっけない、たった四文字。二年間、誰ももらったことがない言葉を。証拠はない。確信があるわけでもない。でも、昨日からの積み重ねがこれだけは断言させる。
——この一言は、俺だけのものだ。
「はい。ありがとうございます」
声が裏返らなかったのが奇跡に思えた。
---
「じゃあ、今日はここまで。各自クールダウンな」
田中の号令でミーティングが終わる。キャプテンがいつも通り、無言で部屋を出ようとした。
その背中に——
「キャプテン、お前には甘いよなぁ」
田中が、明るく、でかい声で言い放った。
部屋の空気が一瞬で凍る。
(おい)
足を止めるキャプテン。背中が硬直している。高橋が「あー」と声を漏らし、田村が顔を伏せ、渡辺は固まったまま。
俺は——反射的に振り返った。
モニター。
消えかけていた画面に、キャプテンの顔が映っている。
その映像越しに——ばっちり目が合った。
黒い瞳が、一瞬だけ大きく見開かれる。
すぐに逸らされた。
(今の、絶対にバレたやつだ)
「ち、違う。たまだま——」
自分でもわかるくらい、声が裏返っている。
「絶対違うってその声!」
高橋がすかさずツッコむ。渡辺が小さく吹き出した。
キャプテンは何も言わず、足早に部屋を出ていった。
その耳が——
(さっきより、赤い)
ほんのりから、もう一段階。明らかにさっきより赤くなっている。誰も気づいていない。俺だけが、見ている。
田中が俺の肩をポンと叩いた。
「毎回だよな。なんでだと思う?」
笑顔で、でも核心を突く声。俺にしか聞こえない大きさだった。
「……さあ」
「ふーん」
(その「ふーん」は絶対に何か含んでる)
「ま、がんばれよ副キャプテン」
それだけ言って、田中はスタスタとロッカーへ向かった。
残された俺は、モニターの消えた画面をじっと見つめる。そこには自分の間抜けな顔だけがぼんやり映っていた。
背中。固まった肩。見開かれた目。逸らされた視線。
さっきより赤い耳。
全部、頭のなかでリピート再生される。
(なんなんだ、これ)
---
帰宅。
シャワーを浴びて、適当に飯を食って、ベッドに転がる。
天井がやけに白い。
目を閉じても、閉じなくても、さっきの光景がちらつく。モニター越しに合った目。あの人が、確かに俺を見ていた。
(耳、二回とも赤かった)
一度目は「まあよかった」のとき。ほんのりと。
二度目は田中の爆弾発言のあと。さっきより明らかに。
(あれは照れてる。間違いない)
無表情で、誰にも感情を見せないキャプテンが。俺にだけ——耳を赤くする。
(分析が特別なのか。だとしたら、どこが)
天井に問いかける。答えは当然、返ってこない。データか。姿勢か。たまだまか。
いや、「まあよかった」はたまたまなんかじゃない。二年間、一度も聞いたことがなかった言葉だ。
感情がある。誰にも見せないけど、確かにある。それを、俺にだけ——
(なぜ俺だけなんだ)
考えるループから抜け出せない。答えはひとつも出ない。
でも、ひとつだけ確かなことがある。
(明日も、絶対に見てしまう——あの耳を)
あの人が俺を呼ぶとき、耳がほんのり赤くなるかどうか。「まあよかった」と言う前に、何秒沈黙するか。気になって仕方ない。
枕元の時計。午前三時。
今日も三時間睡眠確定だ。
目を閉じる。暗闇のなかに、モニター越しの視線がちらつく。逸らされた目が、かえって焼きついて離れない。
寝返りを打つ。枕に顔を埋める。
それでも——あの耳の赤さが、まぶたの裏に張りついている。
眠れないまま、朝が来た。
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