第7章 答えはまだ出ない「幼馴染と転入生、俺を巡る学園ラブコメ戦争」

幼馴染と転入生、俺を巡る学園ラブコメ戦争2026-05-08 14:06:31

第7章 答えはまだ出ない「幼馴染と転入生、俺を巡る学園ラブコメ戦争」

修学旅行から戻って三日目の放課後。
教室の窓から差し込む夕日が、机の上にオレンジ色の光を落としている。十月の空気は、夏の名残をすっかり失い、肌にひんやりと沁みる。
俺、佐藤悠斗は、ぼんやりとその光を見つめていた。
「おい悠斗、修学旅行中ずっと暗い顔してたぞ。まさかあの二人と一緒の班じゃなかったのか?」
隣の席から、山田健太が顔を覗き込んできた。いつもの調子で、軽く肩を叩いてくる。
(……いや、班は一緒だったんだよ。それが問題なんだよな)
「いや、普通に楽しかったけど」
「普通に、か。お前の周りの状況を考えると、それが一番おかしいんだが」
健太は呆れたように肩をすくめた。夕日が彼の輪郭を赤く染める。
「まあいいや。ところで、あの二人今日も変だったぞ。高橋はいつもより無口で、藤堂は妙に元気なかった。……お前、何かしたのか?」
(選ぶのは一人だけじゃない——選ばれる覚悟も、必要よ)
千早の言葉が、頭の中で反響する。
屋上で四人が並んだあの光景。葵と莉奈の真剣な眼差し。そして千早の——どこか冷たくも優しい瞳。
「……何もしてないよ」
「嘘くせえなあ。まあいいけどよ、悠斗」
健太が突然、真剣な声になった。
「お前、後宮状態ってやつだろ? 羨ましいとか言いたいとこだけど、なんか……危うい雰囲気がするんだよな」
「危うい?」
「ああ。あの二人、本気だぞ。お前も、ちゃんと答え出せよ。中途半端に逃げ回ってたら、本当に傷つくのは——」
健太は言葉を切って、立ち上がった。カバンのベルトを肩に掛けながら、一度だけ振り返る。
「まあ、俺が言うことじゃねえか。じゃあな」
健太が教室を出ていく。足音が遠ざかり、静寂が戻ってくる。
俺は再び窓の外を見た。
(答え、か……)
明日の放課後。屋上で。千早が「最後の答え」を聞くと言っていた。
だが、俺にはまだ——答えが出ていない。
***
放課後のチャイムが鳴って、教室が騒がしくなる。カバンのチャック音、机を移動する音、笑い声が入り混じる。
俺はいつものように、ゆっくりと荷物をまとめていた。
「……悠斗」
聞き慣れた声。だが、いつもとは違う、かすかに震える響き。
振り返ると、そこには——葵が立っていた。
だが、いつもの葵とは違う。
完璧な笑顔がない。小悪魔的な戯れもない。ただ、真剣な——いや、不安げな眼差しで、俺を見ている。夕日が黒髪に反射して、オレンジ色に輝いている。
「葵……?」
「話、したいことがあるの。……ついてきて」
珍しく、莉奈がいない。いつもなら、葵の隣に張り付いているはずなのに。
俺は言われるまま、葵の後を追った。
***
中庭のベンチ。
秋の夕暮れ。銀杏の葉が、そよ風に揺れている。落ち葉が歩道に敷き詰められ、カサカサと乾いた音を立てる。
葵はベンチに腰掛けて、しばらく黙っていた。膝の上で指を絡め合わせている。
「……あの約束、覚えてる?」
突然、葵が口を開いた。
「約束?」
「十年前の夏。あの公園で——三人で遊んだ日」
記憶の蓋が、ゆっくりと開いていく。
十年前。確か、俺はまだ小学一年生か二年生だった。蝉の声が煩くて、日差しが眩しくて、あの公園の水飲み場の水がいつも冷たかった。
あの夏、公園で——
「私、あの時言ったの。『私、王子様になる』って」
「……ああ」
思い出した。
葵が、錆びた滑り台の上で、そう宣言したのを。莉奈が「えー、私が王子様になるのに!」って拗ねて、俺が二人を仲裁して——
「悠斗は笑ってた。莉奈も。……私、すごく恥ずかしかったのに、でも、どこか嬉しかった」
葵は遠くを見つめたまま、続けた。
「いつも完璧な高橋葵でいなきゃって、自分に言い聞かせてた。幼馴染として、クラスの人気者として、みんなに愛される存在として。……本当の私は、どこかに置き去りにして」
「葵……」
「でも、あの演劇で……王子様が二人を選んだ時、私、嬉しかった」
葵が初めて、俺の目を見た。
「だって、それって……私も、選んでほしかったから」
夕日が、葵の横顔を照らしている。頬が赤く染まっている。涙か、夕日か——
普段の——完璧な高橋葵ではない。少しだけ、幼い頃の、本当の葵に似た表情。
「私、本当の気持ち、まだ言ってなかった」
「……本当の気持ち?」
「悠斗のこと——」
「悠斗っ!」
勢いよく、中庭の入り口から人影が飛び出してきた。
金髪が夕日に輝く。藤堂莉奈だ。
「莉奈……?」
「葵さん、ずるい! 二人きりで何してるの!」
莉奈は頬を膨らませながら、俺たちの前に立ち塞がった。しかし、その瞳は真剣だ。いつものように怒っているわけではない。
だが、すぐに表情を変えた。
「……でも、ちょうどよかった。私も、話したいことがあるの」
「話したいこと?」
「うん」
莉奈は真剣な眼差しで、俺と葵を見た。
「屋上に行こう。——あの時の、続きを」
***
屋上。
風が強い。フェンス越しに、街の景色が広がっている。夕焼けの空が、ビルのガラスに反射して、まるで炎の海のように揺らめいている。
ここは——学园祭の演劇の時、四人が並んだ場所。
「あの時、悠斗は言ったわよね」
莉奈が、風に髪をなびかせながら言った。
「『二人とも大切』って。『絶対に二人とも幸せにする』って」
「……ああ」
「私、嬉しかった。でも、同時に——怖かった」
莉奈は、少し俯いた。
「だって、それって……どっちも選ばないってことだと思ったから」
「莉奈……」
「でも、違ったのよね」
莉奈が顔を上げた。
青い瞳が、まっすぐに俺を見つめている。夕日が、宝石のように輝かせている。
「葵さんは完璧でいいかもしれないけど、私は違う。私の気持ち、全部見せる」
「……全部?」
「十年前のこと、覚えてる? 私、引っ越すって言われて、泣いてたの」
記憶が蘇る。
確かに——莉奈が泣いていた。あの公園で。砂場の横で、小さな肩を震わせて。
「悠斗が追いかけてきて、花をくれた。黄色い小さな花」
「……ああ」
「『元気出せよ。また絶対会えるから』って」
莉奈が、少しだけ笑った。風が、金髪を撫でる。
「あの時の悠斗が好き。今の悠斗も好き。ずっと好きだった」
風が、一瞬止んだ。
「待つのは得意じゃない。でも、悠斗の答えなら、待てる」
莉奈の声が、震えていた。
「だから——ちゃんと、私に答えて」
***
「素敵な告白だったわね」
突然、屋上の入り口から声がした。
振り返ると——千早が立っていた。
いつものように、清楚で神秘的な微笑みを浮かべて。白いブラウスが風に揺れ、まるで別世界の人のように見える。
「千早……」
「お邪魔かしら?」
「……いや」
千早はゆっくりと歩いてきて、俺たち三人の前に立った。足音が、コンクリートに響く。
「悠斗くん、あなたは二人を傷つけたくない。でも、それが一番傷つけることなの」
「……どういう意味だ?」
「優しさと逃げ腰は違うのよ」
千早の言葉は、鋭かった。
「二人に期待させて、希望を持たせて——でも、決められないでいる。それは、優しさじゃない。ただの逃げ腰よ」
俺は、言葉を失った。
「私は、あなたと競争しに来たわけじゃない」
千早が、穏やかに——だけど、どこか寂しげに——微笑んだ。
「私は、見届けに来たの。あなたが、どう選ぶのか。どう答えるのか」
「見届ける……?」
「小雪ちゃんも、あなたを見てるわ。10年前の約束、四人で叶える約束」
小雪——園田小雪。
保健室で、静かに微笑んだあの女の子。白いカーテンの向こうで、透明なような瞳で俺を見ていた。
「悠斗くん」
千早が、まっすぐに俺を見た。
「選ぶのは一人だけじゃない——選ばれる覚悟も、必要。あなたは、覚悟できてる?」
その問いに、俺は——
答えられなかった。
「明日の放課後。屋上で。答えを聞かせて」
千早は、そう言い残して、屋上を去っていった。白いブラウスが、夕日の中で消えていく。
***
千早がいなくなって、屋上には俺と、葵と、莉奈——三人だけが残された。
風が吹く。秋の匂いがする。枯れ葉の香り、遠くの焼き芋の匂い、そして——少女たちのシャンプーの香り。
遠くで、運動部の掛け声が聞こえる。
俺はフェンスに寄りかかって、空を見上げた。夕焼けが濃くなり、オレンジから紫へと移り変わっている。
(二人とも大切……か)
あの言葉は、嘘じゃない。
葵も、莉奈も、本当に大切だ。幼馴染として、友達として、もっと——
(でも、それは……恋愛感情と同じなのか?)
分からない。
いや、分からないふりをしてるだけなのかもしれない。
「俺は二人を傷つけたくない」
独り言のように、呟いた。
「でも、それは二人を幸せにしたいって気持ちと同じなのか……?」
(答えは、まだ出ない)
でも——
「それを隠さないで伝える。それが、今の俺にできること」
俺は、空を見つめたまま、そう思った。
***
屋上を降りる時、階段の踊り場で——
葵と莉奈が立っていた。
「……悠斗」
葵が、少し困ったように口を開いた。
「私たち……話したの」
「話した……?」
「うん」
莉奈が続けた。
「私たち、一時休戦することにした」
「休戦……?」
二人は顔を見合わせた。
そして——同時に、少しだけ笑った。
「悠斗の答え、待ってる。でも、無理に決めなくていい」
葵が言った。
「私たちも、自分の気持ちをもう一度確かめたい」
「完璧な高橋葵でいるの、疲れたの」
葵は、素直に——本当に素直に——言った。
「本当の私で、悠斗の隣にいたい」
「私も」
莉奈が、力強く頷いた。
「競争は続ける。でも、今は……悠斗のための時間が必要だよね」
二人の言葉に、俺は——
胸が熱くなった。
「……ありがとう」
思わず、そう言葉が漏れた。
二人は、再び顔を見合わせた。
そして——
「「明日、待ってる」」
——異口同声に、そう言った。
***
保健室。
園田小雪は、薬品棚を整理していた。
小さな手で、瓶を並べ替えながら、窓の外を——屋上の方を、ちらりと見た。
(私はずっと、窓の外の世界を見てた)
十年前の夏。
病院の窓から、三人の笑い声が聞こえた。
元気な男の子と、黒髪の女の子と、金髪の女の子。
「一緒に遊ぼう!」
そう言って、男の子が窓の下に立って、手を振っていた。
でも、私は——出られなかった。
体が弱くて。いつも、窓の外を見てるだけ。
「元気になったら、一緒に遊ぼう」
そう言って、男の子が窓まで登って、黄色い花をくれた。
(あの約束、覚えてるかな)
小雪は、引き出しを開けた。
そこには——干された花が、大切にしまってあった。
十年前の、あの黄色い花。色は褪せたけれど、形はまだ残っている。
「今度は……私も、勇気出してみようかな」
独り言のように、呟いた。
***
夜。
俺は自室の机に向かって、ぼんやりとスマホを見ていた。
画面には、三つのメッセージ。
葵から——『おやすみ』
莉奈から——『明日待ってる!』
そして、小雪から——『……頑張ってください』
「……まったく」
俺は苦笑した。
「状況は変わってないのに……なんで少しだけ、楽になった気がするんだ」
窓の外には、満月が浮かんでいる。
銀色の光が、部屋を照らしている。カーテンの隙間から差し込む光が、床に縞模様を作っている。
(答えはまだ出ない)
(でも、逃げない)
(それが……今の俺の答えだ)
俺は、スマホを置いて、ベッドに倒れ込んだ。
窓の外——遠くの屋上に、人影が見えた気がした。
銀色の月光の下で、誰かが立っている。
千早? それとも——
(明日の放課後)
(屋上で待つ三人の少女)
(そして、第四の影——)
物語は、次のステージへ。
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