第5章 二人の秘密「幼馴染と転入生、俺を巡る学園ラブコメ戦争」

幼馴染と転入生、俺を巡る学園ラブコメ戦争2026-05-08 14:06:17

第5章 二人の秘密「幼馴染と転入生、俺を巡る学園ラブコメ戦争」

午前の授業が終わると、俺は急いで席を立った。
(屋上……)
千早からのメッセージ。今朝届いたあの一言が、頭の中でぐるぐると回り続けている。
『お昼、屋上で。本当の初恋の話、しましょう』
(本当の初恋って……一体何のことだ?)
海の家での出来事を思い出す。あの日、千早は「私があなたの初恋よ」と言った。それが真実だと信じていた。だが——。
「本当の初恋」という言葉に、どこか不穏な響きを感じてしまう。
階段を駆け上がる途中、二階の踊り場で足を止めた。
「——あ」
目の前に、葵と莉奈が立っていた。
二人とも、いつもと違う緊張した面持ちだ。葵は腕を組んで視線を逸らし、莉奈は心配そうな目でこちらを見ている。
「お、お前らも……?」
「……当然でしょ」
葵がそっぽを向きながら言った。
「あの女が何を言い出すか、知らないわけないじゃない」
「私だって、気になって眠れなかったんだから」
莉奈が小さく頬を膨らませる。
(……そうか。二人とも、同じメッセージを)
それとも、違うのか。いずれにせよ、三人で向かうことになった。
屋上への階段を昇りながら、奇妙な緊張感が背筋を走る。隣を歩く二人の気配が、妙に近く感じる。
「……何見てんのよ」
「いや、別に」
「変な顔してるわよ」
「そう? 私は普通に見えるけどなぁ」
莉奈が笑いながら言うが、その目は笑っていない。
(……これ、完全に連合軍だな)
葵と莉奈が並んで歩く姿は、まるで俺を守るように——いや、監視するように見えた。
屋上の扉を開けると、強い日差しが降り注いだ。
千早が、いつものようにフェンス際に立っていた。だが、今日は違う。彼女の背後に、白い布が掛けられた何かがある。
「来たわね」
千早が振り返った。黒髪が風に揺れる。いつもの上品な笑みが、どこか鋭さを帯びている。
「……待ってたわ」
葵が一歩前に出る。
「桐生千早。あんた、一体何を企んでるの?」
「企んでる?」
千早が首を傾げる。
「私はただ、真実を話そうと言っているだけよ。十年前の——本当の話を」
その言葉に、俺の心臓が大きく跳ねた。
「じゃあ、始めましょうか」
千早が白い布に手をかけた。
「十年前の——本当の話」
俺は、葵と莉奈に挟まれるようにして、屋上の床に座り込んだ。千早は向かいに座り、三人を見渡す。
「まず、前提を確認しましょう」
千早が静かに言った。
「悠斗くんは、十年前海の家で私と出会ったと思っている。そして、あの時の約束を覚えていない——そうでしょう?」
「……ああ」
「それは、間違いなの」
千早の言葉に、空気が凍りつく。
「海の家は、私たちが初めて出会った場所じゃない。悠斗くんは、もっと前から——幼い頃に、私を助けてくれたの」
「……何?」
俺の声が、掠れた。
千早は懐から、古びた写真を取り出した。
「これ、見て」
写真には、夏の日差しの中、三つの小さな影が写っていた。海を背景に、子供たちが並んで立っている。
「左から、私、悠斗くん——」
千早が言葉を切った。
「そして、もう一人」
俺は写真を凝視した。確かに、三人の子供が写っている。真ん中の男の子は、幼い頃の俺に間違いない。隣に立つのは、幼い千早だ。
だが——右端に写る女の子。
「……この子、誰だ?」
「覚えてない?」
千早の声が、少しだけ震えた。
「あなたが『可愛い』って言って、一緒に花冠を作った子よ」
(……花冠?)
記憶の奥で、何かが揺れた。夏の匂い。蝉の声。祖母の家の庭——。
「私たち三人は、あの夏、祖母の家で一緒に遊んだの。悠斗くんは、私がいじめられているところを助けてくれた。そして——」
千早が、深く息を吸った。
「『俺が守ってやる』って、言ってくれた」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
(……あれは、夢じゃなかったのか)
幼い頃の記憶。確かに、誰かにそう言った気がする。誰かを守りたいと思った。だが——。
「あなたは覚えていないかもしれない」
千早が、儚げに笑った。
「でも私は、あの日のことを——一秒たりとも忘れたことがない」
「待って」
葵が鋭い声を上げた。
「じゃあ、あんたの言う『本当の初恋』って……」
「そう」
千早が頷いた。
「悠斗くんの初恋は、私なの。十年前、あの夏の日から——私は、ずっとあなたのことが好きだった」
写真を見つめる俺の手が、震えていた。
「……嘘」
葵の声が、小さく漏れた。
「そんなの……そんなの、聞いてない……」
「葵……」
「私だって……!」
葵が立ち上がった。頬が赤く染まり、目に涙を浮かべている。
「私だって、あんたのことを——!」
言葉が詰まる。
「……ずっと、ずっと前から、好きだったのに……!」
涙が、一筋、頬を伝った。
「あの海の家の日も、私、あんたを探してたのに……! なのに、あんたはあの女と……!」
「葵……」
「私、ずっと怖かったの……! 『初恋』なんて言葉が……!」
葵の声が、途切れ途切れになった。
「あんたの初恋が、あの女だと思って……! だから、認めたくなかった……! あんたが私の幼馴染だからって、ただの勘違いだって……!」
「……葵」
「でも、違ったのね……! 本当に、本当に初恋だったのね……!」
葵が顔を覆った。肩が小さく震えている。
俺は、何も言えなかった。ただ、幼馴染の背中を見つめることしかできなかった。
「……はい」
そこに、ティッシュの箱が差し出された。
莉奈が、葵の隣に立っていた。
「泣きすぎると、目腫れるよ」
「……な、何よ、あんた」
葵が涙を拭いながら、敵意を剥き出しにする。
「私ね、桐生桑」
莉奈が千早を見た。
「初恋が誰かなんて、どうでもいいと思う」
「……え?」
「過去の話でしょ? 私、過去には興味ないの」
莉奈が、小さく笑った。
「今、ここにいるのは私だもん。過去よりも——未来で勝負するわ」
その言葉に、葵が目を見開いた。
「……あんた」
「私だって、守ってもらったことあるんだから」
莉奈が、少しだけ照れながら言った。
「佐藤くんに。だから、負ける気はしない」
二人の視線が交錯する。千早が、興味深そうにその様子を見ていた。
「……ふふ。面白いわね」
「何がよ」
「いいえ、なんでも」
千早が、写真をそっとしまった。
「悠斗くん」
「……ああ」
「あなたは、どう思う?」
三つの視線が、俺に注がれた。
葵の、涙を浮かべた瞳。莉奈の、決意に満ちた瞳。千早の、確信に満ちた瞳。
(……どう思う、か)
頭の中が、カオスだった。十年前の記憶。海の家の約束。三人の女の子たちの想い。
「……今は、答えられない」
俺は、正直に言った。
「それは、嘘じゃない。本当に——混乱してるんだ」
「……そう」
千早が、意外そうに目を細めた。
「でも、いつか——必ず、ちゃんと答える」
俺は、三人を見渡した。
「俺の気持ちを、はっきりさせてから」
「……ふふ」
千早が、突然笑い出した。
「知ってたわ」
「……え?」
「あなたがそう言うって。だから——」
千早が、小さく首を傾げた。
「学園祭まで、待ってあげる」
「学園祭?」
「ええ。今年の文化祭、うちのクラスは演劇をやるの。主役は——私と、悠斗くん」
「……はあ?」
「決まったことだから」
千早が、悪戯っぽく笑った。
「その時、答えを聞かせて。あなたの——本当の気持ちを」
屋上の風が、四人の間を吹き抜けた。
「……わかった」
俺は、頷いた。
「学園祭で、必ず答える」
「約束よ」
千早が、小指を差し出した。
「……分かってるよ」
俺は、幼い頃と同じように、小指を絡めた。
午後の鐘が鳴り響く中、四人は屋上を後にした。
千早は、別の階段へと向かう。
「桐生」
俺が呼び止めると、彼女は振り返った。
「……何か、言い残したことは?」
千早が、一瞬だけ沈黙した。
そして、俺の耳元に顔を近づけて——。
「あの夏を覚えているのは、私たちだけじゃないの」
「……え?」
「もう一人、確かにいたわ」
千早が、意味深に微笑んだ。
「誰かは——わからない。でも、確かに、もう一人いたの」
「待って、それって——」
「さようなら、悠斗くん」
千早が、軽く手を振って歩き去った。
俺は、屋上に一人残された。
(もう一人……?)
写真の、右端に写った女の子。顔はぼやけていて、はっきりしない。
だが——。
(確かに、いたんだな)
十年前の夏。祖母の家。海の家。
そして——もう一人の、誰か。
「……ったく」
俺は、頭を抱えた。
(初恋の相手が誰か、って話じゃなかったのかよ……!)
空を見上げると、秋の空が、高く広がっていた。
まだ、誰かの気配が残っているような——そんな気がした。
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