第4章 文化祭の修羅場「幼馴染と転入生、俺を巡る学園ラブコメ戦争」
第4章 文化祭の修羅場「幼馴染と転入生、俺を巡る学園ラブコメ戦争」
体育祭当日。
校庭は、朝靄を突き破るように張り巡らされた色とりどりの旗に埋め尽くされていた。応援団の掛け声が張り詰めた空気の中に跳ね返り、どこか夢のような非日常感が流れている。
俺——佐藤悠斗は、グラウンドの端でぼんやりとその光景を眺めていた。
(体育祭当日……屋上の告白から一夜明けて——まだ、答えを出せていない)
昨日の葵の告白。あの涙に濡れた瞳がまだ目に焼き付いている。それから数時間後の莉奈の告白。笑顔の奥に隠された十年越しの想い。
二つの告白。二つの約束。どちらも本物のように感じるのに、どちらも断ち切れない気持ちがある。
「佐藤くん、準備運動はした?」
背後から明るい声がかかった。
振り返ると、藤堂莉奈が無邪気な笑顔で立っていた。薄いピンク色の体操着が白い肌に映える。いつもの黒髪をポニーテールに結わえ、活発な印象を増している。
「……ああ。二人三脚、頑張ろう」
曖昧な返事しかできなかった。
莉奈は気づいていないのか、それともわざと——いつものように腕を組んできた。
「二人三脚って難しいよね。足並みを合わせるの、練習したもん」
「あ、ああ……」
莉奈の言葉が頭をよぎる。『10年前の写真』。あの言葉の真意はまだわからない。
「おい、悠斗!」
肩を叩かれた。
振り返ると、山田健太がニヤニヤしながら立っていた。中学からの腐れ縁で、基本的にいつもニタついている。
「なんか顔色悪いぞ。二股かけてる自覚でもあるのか?」
「っ……」
(自覚はある……だが、どう選べばいいんだ)
「ふっふっふ。お前のことは十年知ってるからな。あの——」
健太が遠くの葵の方をチラリと見やる。葵は健太と同じ組のようで、二人三脚の練習をしていた。こちらに気づいているようで、一瞬だけ視線が交錯した。
気まずい空気が流れる。
「あ、あはは……まあいいんじゃない? 青春だぜ」
健太が適当にごまかして去っていった。
(俺は……どうすればいいんだ)
莉奈がそんな俺の手を取った。
「佐藤くん、足並みを合わせて。一、二、一、二」
「あ、ああ……」
腕に絡められた莉奈の手。柔らかな体温と、微かな柑橘系の香りが鼻をくすぐる。
(……こんなに近いと、集中できない)
グラウンドの中央で、開会式の準備が進んでいる。生徒会長の声がマイクを通して響き渡る。
「皆さん、体育祭開会式を始めます」
各クラスが整列し、校歌斉唱へと移行する。
俺たちも自分たちのクラスの位置に向かいながら、莉奈と並んで歩いた。遠くで葵がこちらを見ているのがわかる。
(葵……)
「佐藤くん、見て。青空だよ」
莉奈が上を向く。鮮やかな青が、雲一つない空に広がっている。
「ああ、晴れてよかったな」
「うん。今日は——大切な日だから」
その言葉の意味が、今の俺には重くのしかかる。
グラウンド中央に全校生徒が整列し、開会式が進行していく。校長の長い挨拶を聞きながら、俺は内心でため息をついていた。
(いつになったら、答えを出せるんだろう……)
そんなぼんやりとした思考を、突然の出来事が打ち破った。
「——転入生の紹介を行います」
生徒会長の言葉に、全校生徒がざわつく。体育祭当日に転入生?
壇上に現れたのは、黒髪ロングの少女だった。清楚な雰囲気、穏やかな笑顔——だが、その眼差しだけは、強い意志を宿している。
そして、俺は凍りついた。
(……千早? まさか)
「桐生千早(きりゅう ちはや)です。本日よりこの学園に通います」
少女——千早が静かに挨拶する。
「桐生……?」「どこの桐生だろ……」
周囲で囁き声が上がる。
千早はマイクを持ったまま、壇上から俺の方を見た。視線が交錯する。
そして、意味深な微笑みを浮かべた。
「——懐かしい顔ぶれもいますね」
全校の視線が一斉に俺に集まる気がした。
「佐藤悠斗くん。久しぶり」
(10年前の——海の家の娘!?)
脳内で、あの夏の記憶が走馬灯のように蘇る。海の家。夏祭り。花火。「絶対会おう」という約束。
(まさか……あの時の……!)
「千早って、悠斗の知り合いか?」
隣の健太が耳元で囁く。
「い、いや……そんなわけ——」
「嘘つけ。顔色変わってたぞ」
式が進み、壇上から千早が降りてきた。そして、俺の前に立ち塞がった。
「10年ぶりね、ユウトくん」
「ち、千早……お前、どうして今頃?」
「だって、約束したもの。私、約束は必ず守る主義なの」
穏やかな——だが、どこか重みのある言葉。
(莉奈の写真と千早……どっちが本物の「約束の子」なんだ?)
「あの、桐生さん? 佐藤くんと、知り合いなんですか?」
莉奈が間に入るようにして尋ねた。
千早は莉奈を見て、穏やかに微笑んだ。
「幼い頃の、大切な人です」
「……はぁ?」
「ユウトくんと私は、10年前に約束を交わしたの。会える日を、ずっと楽しみにしていたのよ」
背後で鋭い視線を感じる。
振り返ると、葵がこちらを凝視していた。伊藤美咲が何か言いかけているが、葵は聞いていない様子だ。
(……私、負けない)
——そんな声が聞こえた気がした。
開会式が終わり、各クラスが競技の準備に向かう。
「佐藤くん、二人三脚の練習しよっか」
莉奈が無理に明るい声を作って、俺の腕を引っ張る。
だが、千早はその手を優しく——だが確かに——止めた。
「ごめんなさい。少しだけ、ユウトくんと話がしたくて」
「……私たち、競技の練習があるんですけど」
「五分だけ。待っててもらえる?」
千早の穏やかな笑顔に、莉奈は言葉を詰まらせた。
俺は二人の間で、ただ混乱するしかなかった。
(どうなってるんだ……これは)
グラウンド端の休憩エリアで、千早と二人きりになった。
「10年ぶりね、ユウトくん。——私、ずっとあの約束を覚えていたわ」
「千早、お前……どうして今頃?」
「だって、約束したもの。私、約束は必ず守る主義なの」
同じ言葉の繰り返し。だが、その瞳には確かな意志が宿っていた。
「あの時、『絶対会おう』って約束したでしょ? 私、ずっと覚えてた」
(……確かに。俺も、覚えてはいた。でも)
「海の家で出会って、一緒に花火を見て——あんたが私を励ましてくれた」
「あ、ああ……」
「『また絶対会おう』って。ユウトくんは、覚えてなかったの?」
「いや、覚えてはいたけど……」
(莉奈の写真と千早……どっちが本物の「約束の子」なんだ?)
遠くで、葵と莉奈がこちらの様子をうかがっているのがわかる。
「あの二人、ユウトくんのクラスメイト?」
「あ、ああ……」
「ふふっ。相変わらずモテるんだね」
「ち、違う! そんなんじゃ——」
「でも、私は負けないわ」
千早が突然、真剣な表情になった。
「10年間、待ち続けたんだもの。ユウトくんは、私のものよ」
(……はぁ?)
二人三脚競技の開始がアナウンスされた。
「佐藤くん、準備しよう!」
莉奈が呼ぶ声が聞こえる。
「あ……行かないと」
「また後でね、ユウトくん」
千早が手を振る。穏やかな笑顔——だが、その目は獲物を見つめる獣のように鋭かった。
スタート地点で、莉奈と並んだ。
「佐藤くん、集中して」
「あ、ああ……」
(集中できるわけないだろ……)
足には二人三脚の紐が巻かれている。莉奈の体温がすぐそこに感じられる距離。
「スタート!」
合図と同時に走り出した。
最初は順調だった。莉奈の「一、二、一、二」という掛け声に合わせて足を運ぶ。
だが、途中で——
「……千早さん、知り合い?」
莉奈が突然、小声で尋ねた。
「え……」
動揺が足に出た。バランスを崩し、転倒寸前になる。
「危ないっ!」
莉奈が体で支えてくれた。柔らかな体が俺に密着する。
「だ、大丈夫……?」
「う、うん……」
莉奈の顔が近い。息がかかる距離。
(……落ち着け、俺)
「佐藤くん、私——負けないから」
「え……?」
莉奈の瞳に、決意の光が宿っている。
「10年間の想いだもの。あんな人に、簡単に譲れない」
そう言いながら、莉奈は再び走り出した。
最後の直線。
隣に並んだのは、葵と健太の組だった。
「悠斗! 見てて!」
葵が叫んだ。その瞳には涙と、強い意志が同居していた。
(……俺は、何と答えればいいんだ)
ゴール直前、観客席を見上げると、千早が俺を見つめ、微笑んでいるのが見えた。
(なんなんだ、あの余裕のある笑顔は……!)
競技が終わり、結果が発表された。
優勝は健太と葵の組。俺と莉奈は2位だった。
「お前らなんか様子おかしかったぞ」
健太が汗を拭きながら近づいてきた。
「莉奈が転倒寸前になって、それを助けた感じだったな。まるでドラマみたいだったぜ」
「う、うるさい……」
「悠斗、お前、あの転入生と知り合いなのか?」
葵が、抑えきれない声で尋ねてきた。
「あ、いや、その……」
「佐藤くん、説明してもらえる?」
莉奈も鋭い視線を向けてくる。
(この状況……ヤバい)
「——説明なら、私がしましょうか?」
千早が三人の前に現れた。
穏やかな笑顔のまま、葵と莉奈を交互に見る。
「あなたが高橋葵さん? 聞いているわ。幼馴染で、10年間片思いしているって」
「……あなたこそ、誰?」
葵の声が凍りつく。
「桐生千早です。ユウトくんの——幼い頃からの友人です」
「ユウトくん……?」
莉奈が眉をひそめる。
「そして、藤堂莉奈さん。藤堂財団の令嬢。転入生ですね」
「……桐生さんは?」
千早が一瞬だけ間を作る。
そして、宣言した。
「佐藤悠斗の初恋の人。そして、10年前に約束した婚約者」
「「……はぁ?」」
葵と莉奈の声が同時に上がった。
(婚約者!? そんな約束した覚えは——って、あの時確かに『絶対会おう』って……!)
「ま、待て! 婚約者って——」
「あの夏、ユウトくんは私に言ったの。『絶対会おう』って。それは、私たちにとって婚約の言葉だったのよ」
「そ、それは違う! あれは——」
「違わないわ。ユウトくん、覚えてるでしょ? あの時、指切りまでしたじゃない」
「指切り……?」
葵と莉奈の視線が、さらに鋭くなる。
(あ、あれは、子供の——)
「子供の約束だからって、軽く考えないで。私は、10年間ずっとあの約束を守り続けてきたの」
千早の言葉に、葵と莉奈は言葉を失った。
俺も、言葉を失った。
(これは……どういう状況だ?)
午後の競技が進む中、俺は校舎裏に連れ出されていた。
千早に。
「ごめんなさい、『婚約者』は嘘」
「……は?」
二人きりになると、千早の態度が変わった。穏やかだった雰囲気から真剣な表情へ。
「え、嘘……?」
「『絶対会おう』の約束は本当よ。でも、婚約者って言ったのは——あの二人に焦りを与えるため」
「焦り……?」
「私、あなたを見守っていたの。10年間。桐生家の力を使って、あなたのことを調べていたわ」
「調べてた……?」
「そして来てみれば——二人もいい女に挟まれて」
千早の目に、複雑な感情が浮かぶ。嫉妬? 懐かしさ? それとも——
「私の目的? 簡単なことよ。あなたに、あの約束を思い出させて——選んでもらうこと」
「選ぶ……?」
「あなたの初恋の相手は誰なのか、教えてあげる」
「初恋の相手……?」
「本当の初恋を。——あの夏、海の家で、誰に初恋したのか」
千早の言葉が、胸に突き刺さる。
(本当の初恋……?)
体育祭が終わり、夕暮れの校門前。
俺は千早の言葉に混乱したまま、校門に向かっていた。
そこで——
「悠斗」
「佐藤くん」
葵と莉奈が待っていた。二人とも不穏な雰囲気を漂わせている。
「悠斗、あの女——桐生さん——は誰?」
「佐藤くん、10年前の約束……私とも、あの人とも?」
二人の鋭い視線が、俺を貫く。
「い、いや、その……千早は、10年前に海の家で出会った——」
「海の家?」
「10年前?」
二人の声が重なる。
(説明しようとしても、二人の視線に言葉を失う……!)
「おい、悠斗!」
笑顔の健太が現れた。
「お前、もしかして三股か?」
(三股……? いや、違う……! ——いや、どうなんだ!?)
スマートフォンが震える。
画面には千早からのメッセージ。
『明日、放課後。屋上で待ってる。——あなたの初恋の相手を教えてあげる。葵さんと莉奈さんも呼んでおいて』
顔を上げると、葵と莉奈が同時に手を伸ばしてきた。
「悠斗、私と話があるの」
「佐藤くん、ちょっと来て」
二人の手が、両腕を掴む。
夕暮れの空の下、三人の視線が交錯する。
葵の決意に満ちた瞳。
莉奈の優しさの中にある強い意志。
そして、どこかで千早の鋭い視線を感じる。
(これは……学園恋愛コメディじゃない)
頭の中で、一つの警鐘が鳴る。
(本格的な「恋愛戦争」の始まりだ)
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