第1章 転入生は金髪美少女「幼馴染と転入生、俺を巡る学園ラブコメ戦争」
第1章 転入生は金髪美少女「幼馴染と転入生、俺を巡る学園ラブコメ戦争」
桜が舞い散る季節。
四月の朝、柔らかな陽光がカーテンの隙間から差し込み、俺の顔を優しく撫でる。
「……んー」
ベッドの中で唸りながら、俺——佐藤悠斗は時計をチラリと見た。
(……やべ、もうこんな時間か)
時計の針は、朝の教室に間に合うかどうかという瀬戸際を指していた。いつものことだが、今日は新学期最初の日というのに、相変わらず寝坊してしまった。
慌てて制服に着替え、髪も適当にかき上げて家を飛び出す。
「おっ、悠斗! ちょっと待てよ!」
通学路で声をかけてきたのは、幼馴染の山田健太だ。いつも通りの軽いノリで、鞄を肩に担いでいる。
「お前、また寝坊したんだろ? 相変わらずだな」
「うるせえ。お前は早起きしすぎだ」
「早起きじゃねえ、普通だ。お前が異常なんだよ」
(まあ、そりゃそうだ)
健太と並んで歩きながら、俺は春の空気を吸い込む。桜の花びらが風に乗って舞い、制服の肩に止まる。
高校二年生。特に取り柄もない、どこにでもいる普通の男子高生。それが俺の立ち位置だ。成績は中の中、運動もそこそこ、彼女いない歴=年齢。
——まあ、悪くない日常だと思ってた。
「おーい、悠斗!」
校門の前で、聞き慣れた声が響く。
振り向くと、そこにはクラス一の優等生が立っていた。黒髪をさらりと纏めた、清潔感あふれる女子生徒——高橋葵だ。
「また寝坊? しょうがないなぁ」
葵は苦笑しながら近づいてくる。手には、いつものようにパンが握られている。
「はい、朝ごはん。ちゃんと食べなさいよ」
「……いつも悪いな」
「べ、別にあんたのためじゃないんだから! ただ、朝ごはん食べないと授業中にお腹鳴らして、クラスの迷惑になるでしょ!」
(いや、それ葵のためじゃなくてクラスのためじゃん)
内心ツッコミをしながらも、俺はパンを受け取る。葵はその間、自然な手つきで俺の寝癖のついた髪を直した。
「ほら、ここ、めちゃくちゃ。ちゃんと鏡見てから出なさいよ」
「……あ、悪い」
その瞬間、周りから視線を感じる。
男子たちの羨望の眼差し。女子たちの「またやってる」という諦め混じりの視線。
(いやいや、幼馴染が髪直してくれるだけだし……)
葵はクラス一の人気者だ。成績優秀、容姿端麗、性格も——まあ、基本的には優しい。そんな彼女が、不器用な俺の世話を焼いているという構図は、周りから見れば何とも映るのだろう。
「おいおい、悠斗。お前ら、いつから付き合い始めたんだよ?」
健太がニヤニヤしながら肘を突いてくる。
「付き合ってねえし。幼馴染だろ、普通に」
「へー、幼馴染かぁ」
「なんすか、その納得いってない顔は」
「いやいや、なんでもねえよ」
葵はそんなやり取りを横目に見ながら、小さくため息をついた。
「……ほら、行くわよ。ホームルーム遅れるわ」
そう言って、葵は先に歩き出す。その背中を見ながら、俺はふと思う。
(葵って、やっぱ可愛いよな……いや、なんでもねえ!)
頭の中のツッコミを振り払い、俺は二人の後を追った。
教室に着くと、すでにクラスメイトの大半が席についていた。新しいクラス、新しい席——二年生になって最初の朝だ。
「よし、みんな席についてくれ」
担任の田中先生が教室に入ってくる。四十代前半の、温厚そうな数学教師だ。
「まず、新しい一年間の挨拶を——」
先生の言葉がそこで止まった。扉の方を見て、何かを待っているような表情。
「——それと、今日は転入生が来るそうだ。紹介する」
(転入生? この時期に?)
四月の転入は珍しい。クラス中がざわつく。
扉が開く。
そして——現れたのは、別世界から来たかのような美少女だった。
金髪が窓から差し込む朝日を受けて輝いている。透き通るような碧い瞳。整いすぎた鼻筋と、桜色の唇。スレンダーな肢体に、少しだけ短めのスカート。
「はじめまして! 藤堂莉奈です!」
明るく弾けるような声が教室に響く。
「海外からの帰国子女で、日本の学校は初めてなので、色々教えてくださいね!」
クラスが一瞬、静まり返る。
——そして、爆発した。
「うおおおお! 金髪碧眼!」
「ハーフ? いや、日本人か? 何だあの美少女!」
「可愛すぎるって……本物?」
男子たちの興奮が収まらない。女子たちも「すっごい可愛い……」と感嘆の声を漏らしている。
(いや、確かに可愛いけど……)
俺は内心冷静——いや、冷静じゃなかった。確かに綺麗な女の子だ。だが、なぜかその視線が、まっすぐこっちに向けられているような気がした。
「藤堂さん、自己紹介はそれぐらいにして——」
「あ、はい! あと、もう一つだけ!」
莉奈は先生を制して、教室の中を見渡す。そして——
「あっ!」
その碧い瞳が、俺を捉えた。
「あなた! 佐藤悠斗さんですよね?」
(……え?)
なんで俺の名前を?
「えーっと、はい。そうですけど……」
「やっぱり!」
莉奈は満面の笑みを浮かべて、俺の席に近づいてくる。
「あのね、実は——」
そして、衝撃の一言を放った。
「一目惚れしちゃいました! 好きです、付き合ってください!」
——教室が凍りついた。
「「「…………はぁ?」」」
クラス全員の視線が、俺に集中する。信じられない、という顔。羨望と、困惑と、殺意——いや、殺意は主に隣からだ。
(……隣?)
チラッと横を見ると、葵が——笑顔のまま、凍りついていた。
「……へえ。そうなんだ」
その声は、いつもの葵とは違う。表面だけの笑顔。目が、全く笑っていない。
(や、やべ。これはやばいやつだ……)
「あ、あの、藤堂さん? それはその……」
「莉奈でいいよ! 呼び方、名前で呼んでほしいな!」
「い、いや、初対面でそんな……」
「だって、もう好きなんだもん!」
(いやいやいや、何この展開!?)
頭の中がパニックになる。隣の葵からは、明らかな威圧感——いや、殺気が漂っている。
「……ふーん。そうなんだぁ。悠斗、人気者じゃん」
「い、いや、これは何かの間違いで……」
「間違いじゃないよ! 運命的な出会いだと思ってる!」
莉奈は屈託のない笑顔で、さらに距離を詰めてくる。あまりの近さに、シャンプーの甘い香りが漂う。
「あ、そうだ! 席、隣になれないかな? 先生、お願いします!」
「え、ああ、まあ、席替えは今日する予定だったから……」
「やったぁ!」
莉奈は小さくジャンプして喜んだ。
「……待ってください」
葵が静かに手を挙げる。
「何かあるのか、高橋さん?」
「はい。私、生徒会の仕事で席の配置を把握しているんですが、藤堂さんの席はあちらの窓際に決まっていて——」
「えー、そうなの? でも、佐藤さんの隣がいいなぁ」
「……それは困ります。佐藤悠斗は——」
葵は一瞬言葉を止めて、俺を見た。
「——私の幼馴染なので、世話が焼けるんです。隣に座られたら、私が困ります」
(いや、何その言い方……)
「あ、幼馴染なんだ! 仲いいんだね!」
莉奈は全く気にしていない様子で、逆に興味津々な顔をする。
「だったら尚更、仲良くなりたいな! 佐藤さんのこと、色々教えてほしい!」
「……教える必要、ありますか?」
葵の目が細まる。クラスメイトたちが、息を呑んでこのやり取りを見ている。
「あ、でも、幼馴染ってことは——」
莉奈は何かを閃いたように、指をパチンと鳴らした。
「ライバルってことだよね! いいよ、公平に競争しよう!」
「……は?」
「佐藤さんの隣の席、取り合いっこだね!」
(いやいやいや、何この展開!?)
「待て待て、俺はモノじゃねえし……」
「うるさい」
「黙ってて」
葵と莉奈の声が重なる。二人して俺を無視して、にらみ合っている。
「「「…………おお」」」
クラス中が、何やら興奮した様子で見守っている。
「……これ、リアル幼馴染VS転入生じゃん……」
「佐藤、羨ましすぎる……」
「いや、むしろ地獄だろ、あれ……」
健太が遠い目をして呟く。
「おい、何とかしろよ、悠斗」
「お前が言うな!」
結局、田中先生の仲裁で席替えは抽選式になった。
そして運命の抽選の結果——
「やったぁ! 佐藤さんの隣!」
「……ふーん。まあ、いいわ」
俺は、葵と莉奈に挟まれる形で、窓際の席に座ることになった。
(なんでこうなった……)
右側には、満面の笑みで教科書を広げる莉奈。左側には、笑顔のまま筆をギリギリと削る葵。
「ねえねえ、佐藤さん! 何の教科から始まるの?」
「現代国語だよ」
「へー! 日本語、難しいんだよね~。でも、佐藤さんが教えてくれたら頑張れるな!」
「……悠斗。私、国語得意だから。わからなかったら、私が教えてあげる」
「え、でも隣にいるの私だし——」
「物理的な距離じゃないの。精神的な距離よ」
(何のこっちゃ……)
「精神的な距離って、どういうこと?」
「……悠斗とは、十年以上の付き合いがあるの。あなたには、到底及ばないわ」
「あ、そっか! だったら、私も十年一緒にいれば追いつけるんだね!」
「……追いつけないわよ。絶対に」
葵の目が、一瞬鋭く光る。
(いや、目が笑ってないってレベルじゃねえ……)
「ねえ、佐藤さん」
莉奈が突然、距離を詰めてくる。肩が触れるくらいの近さ。
「放課後、一緒に帰らない? 色々案内してほしいな!」
「あ、ああ……」
「断るわ」
葵が即座に遮る。
「悠斗は放課後、生徒会の手伝いをする約束してるの。悪いけど、あなた一人で帰ってちょうだい」
「えー、そうなの? 佐藤さん」
「い、いや、そんな約束……」
「してるわよね?」
葵の目が、訴えるように見つめてくる。——脅されてる、絶対脅されてる。
「……あ、ああ。そうだったな」
「やだぁ、残念……」
莉奈は唇を尖らせるが、すぐに笑顔を取り戻した。
「じゃあ、明日ね! 絶対一緒に帰ろう!」
「……ふーん。明日かぁ」
葵が何かを呟く。その声は、俺には聞こえなかった。
(なんでこうなった……)
授業中、俺は二人の間で、小さくため息をつくのだった。
放課後、俺は逃げるように教室を飛び出した。
「おい、悠斗! 待てよ!」
校門の前で、健太に捕まった。
「何だよ、急に走り出したりして。あの後、地獄だったろ?」
「……お前、わかってるなら助けてくれよ」
「いや、あれは当事者しか解決できねえだろ。ってか、羨ましすぎて助けられねえし」
「うるせえ」
健太は笑いながら、肩を組んでくる。
「ところで、あの転入生、調べたぜ」
「……何で?」
「気になったんだよ。あんな美少女が、なんでお前に一目惚れすんだよ」
「俺だってわかんねえよ……」
「藤堂莉奈。資産家の令嬢らしいぜ。父親が大手企業の社長で、海外に何箇所も家を持ってるんだとさ」
「……え?」
「何でそんなお嬢様が、うちの学校に?」
「いや、知らねえし……」
俺は頭を抱える。状況が、ますます訳わからなくなってきた。
「まあ、何にせよ気をつけろよ。あの二人、どっちも本気っぽいぜ」
「……本気って、何が?」
「好きなのは、お前だよ」
(いやいやいや)
「葵は幼馴染として……」
「幼馴染が、あんな顔するか? あれは明らかにライバル意識バリバリだぜ」
「……」
「まあ、お前が鈍感なのは知ってたけどな。とりあえず、自宅警備しろよ」
健太は肩を叩いて、手を振って去った。
(自宅警備って……)
俺はため息をつきながら、いつもの帰り道を歩く。
桜の花びらが、夕陽を受けてオレンジ色に染まっている。春の一日が、終わろうとしている。
(今日は、長い一日だった……)
家の前に着くと、そこには——
「……待ってたわよ」
葵が立っていた。
制服姿のまま、腕を組んで俺を見つめている。表情は、いつもの笑顔ではない。真剣な、どこか決意のような顔。
「葵? どうしたんだよ、こんなところで」
「話があるの。私、あの転入生——」
その瞬間。
「佐藤さん! 待ってました~!」
茂みから、金髪の少女が飛び出してきた。
「り、莉奈!?」
「えへへ、びっくりした? 実はね——」
莉奈は満面の笑みで、隣の家の門を指さした。
「ここ、私のおうちなんだ!」
「……は?」
「海外にいたから空き家になってたんだけど、今日から住むことになったの! 佐藤さんのお隣さん!」
——頭の中が真っ白になる。
「そ、それで葵は……」
「高橋さんもここにいたんだね! 奇遇だね!」
「……奇遇、ねぇ」
葵の声が、凍てつくように冷たい。
「悠斗。私の話、まだ終わってないんだけど」
「あ、ああ……」
「私、あの転入生——」
「ねえねえ、明日の朝一緒に登校しようよ!」
「……話、終わらせてくれる?」
「あ、ごめん! 続けて!」
「……私、あの転入生——」
「お弁当作ってきたんだ! 明日一緒に食べようね!」
「……黙ってくれる?」
「あ、はい……」
莉奈が口を手で覆う。葵は深いため息をついた。
「……もういいわ。明日、話す」
そう言って、葵は自宅の方へ歩き去る。
「あ、高橋さん、帰っちゃった……」
「……ああ」
「ねえ、佐藤さん」
莉奈が、真っ直ぐな瞳で俺を見上げる。
「私、本気だから。佐藤さんのこと、絶対諦めないから」
「……あ、ああ」
「だから、明日も明後日も、ずっと一緒にいてね!」
夕陽の中で、金髪が輝いている。
(明日……)
俺は、自分の家の前で、二人の少女に挟まれる形で立ち尽くしていた。
——明日は、地獄になる予感がした。
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