Chapter 3 身勝手な言葉の刃「捨てられし妹弟子、最強へ覚醒:かつて見下した師兄が跪いた」

捨てられし妹弟子、最強へ覚醒:かつて見下した師兄が跪いた2026-04-23 17:53:07

Chapter 3 身勝手な言葉の刃「捨てられし妹弟子、最強へ覚醒:かつて見下した師兄が跪いた」

朝霧がまだ林の間に白く漂っている。
リゼはいつものように、道場の裏庭で白銀の細剣を握っていた。指先が、慣れた形で柄に沿って滑る。母親の形見——その重みが、いまも変わらず掌に馴染んでいる。
(師父様は『銀血の子』だとおっしゃった)
昨夜の言葉が、胸の奥で反響する。
なのに——なのに、私はまだ、こんなにも彼を——
視線が、自然と向いてしまう。道場の縁側で、黒い髪の青年が剣の手入れに没頭していた。クレイド。師門随一の剣才。そして、幼い頃に「一緒に強くなろう」と約束した、あの人。
彼の視線は、リゼに向くことはなかった。まるで、そこに彼女がいないかのように。
「クレイド様」
甘やかな声が響いた。扇を持った貴族の令嬢——フィオナが、優雅に縁側に現れる。純白のドレスが朝日を受けて輝き、クレイドの隣に立つ姿は、まるで絵画のように完璧だった。
リゼは、剣を握る手に力を込めた。
(十年……十年も、あなたの後ろを追いかけてきた)
心の中で、小さな声が囁く。
(それでも——私は、まだ)
「おい」
いきなりの呼び声に、リゼは肩を震わせた。
クレイドが、ついにこちらを向いていた。鋭い青い瞳が、彼女を射抜く。いつものように——冷たく、そして何も感じていないように。
「今日、フィオナ様が稽古を見学にいらっしゃる。お前に役がある」
「……役、ですか?」
「ああ」
クレイドは、まるで当たり前のように告げた。
「フィオナ様に剣の演舞を見せる役だ。俺と手合わせをして、お前の下手な剣を晒せ。……下働きの身で、役に立てる機会など滅多にない。感謝しろ」
リゼの胸が、ズキリと痛んだ。
演舞を見せるのは、普段の稽古相手——つまり「下働き」としての利用。クレイドにとって、彼女はまだ、その程度の存在なのだ。
「……私でよろしいのですか?」
問いが、勝手に口から零れた。
クレイドの眉が、わずかに顰められる。その視線が、さらに冷たくなった。
「お前以外に誰がいる。……まさか、断るわけではないだろうな」
言葉の棘が、胸を刺す。
フィオナが、扇子で口元を隠しながら微笑んでいた。表向きは優しい笑みだが、その瞳には——侮蔑の色が宿っていた。
「まあ、リゼさん。お断りなんて、しませんよね?」
「……はい」
リゼは、深く頭を下げた。
「喜んで」
声が、少し震えていた。
——
道場の中央に、二人の剣士が向き合った。
周囲には、他の弟子たちが集まり始めていた。朝稽古の時間だというのに、みんなが「下働き」のリゼが「師門一の天才」クレイドと手合わせするという珍事に興味を持っている。
「おい、見ろよ。リゼが……」
「はは、面白いもんだ。どんなに下手な剣を晒すんだろうな」
低い笑い声が、辺りに広がる。
リゼは、それを聞かないふりをして、白銀の細剣を構えた。十年の努力が込められたその剣筋は——美しい。少なくとも、彼女自身がそう信じていた。
「——始め」
クレイドの声が響いた。
リゼは踏み込んだ。十年間、何度も何度も繰り返した動作。母親の剣を思い出しながら、最も美しい軌道を描く——
ガキン!
耳をつんざく金属音。
クレイドは、たった一振りで彼女の剣を弾いた。圧倒的な力で、リゼの体が後ろに吹き飛ばされそうになる。
「遅い」
一言。たった一言。
リゼは、体勢を立て直しながら息を吐いた。震える手で、再び剣を構える。もう一度。もう一度踏み込んで——
ガキン! ガキン! ガキン!
三度の攻防。三度、リゼの剣は軽くいなされた。
周囲から、笑い声が上がる。
「ははっ、なんだあれ。十年やって、あれだけか?」
「下働きは下働きだな。才能の前では、努力なんて無意味だってことか」
リゼの耳が、熱くなった。
でも——まだ。まだだ。
幼い頃の約束が蘇る。「一緒に強くなろう」。あの時のクレイドの笑顔。今はもう、どこにもないあの笑顔。
「——はっ!」
リゼは、全身の力を込めて剣を振るった。白銀の細剣が光を反射して、一瞬、眩い閃光を放つ。
指に触れる指輪が、微かに熱を帯びた。
(この光を——見て)
クレイドの瞳が、わずかに細められる。
——が。
「十年やってこの程度か」
クレイドの剣が、リゼの細剣を払いのけた。今度は本気——否、まだ余力を残しているはずの、ただの一撃。
白銀の細剣が、地面に落ちた。
リゼは、空っぽの手を見つめていた。
「……お前の剣は、飾りにすらならん」
クレイドは、彼女に背を向けた。
「稽古終わりだ。片づけろ」
その言葉に、フィオナが扇で顔を隠しながら、小さく笑った。
「まあ、可哀想に。こんなに必死になっても、才能の前では無意味なのですね」
周囲の弟子たちも、口々に言葉を投げかける。
「だから下働きは嫌なんだよ」
「師門の恥さらしだな、本当に」
リゼは、膝をついて、白銀の細剣を拾い上げた。指が、震えていた。
(……私の十年は)
(私の十年は、こんなものだったの)
——
演武が終わり、人々が散っていく中、リゼはクレイドの元へと足を運んだ。
何かを伝えたかった。十年の経験から——彼の姿勢の歪みに、気づいていた。小さなことかもしれない。聞く耳を持たないかもしれない。それでも。
「クレイド様」
振り向いたクレイドの眉が、再び顰められる。
「何だ。まだ何かあるのか」
「あの……今の演武で、お気づきになられなかったかと」
リゼは、懸命に言葉を選んだ。
「右足の体重が、やや後ろに偏ってらっしゃいます。それで、切っ先が一瞬……」
「——お前が私に教えることなどあるのか」
クレイドの声が、氷のように冷たく響いた。
リゼは、言葉を詰まらせる。
「いえ、それは……」
「まあ、リゼさん」
フィオナが、間に入ってきた。扇子を軽く広げて、優雅に微笑んでいる。
「自分の下手な剣で人に助言するなんて、随分と……身勝手ですわね」
その言葉が、リゼの胸を抉った。
「私、少し驚きましたの。クレイド様と私の話が進んでいるというのに、まだそんな気がおありなんですね」
「……話?」
「そうですわ。リゼさん、わかっていらっしゃらないの?」
フィオナは、勝ち誇るように告げた。
「クレイド様と私は、もう婚約の話が進んでいるのですよ」
リゼの世界が、音を立てて崩れていく。
クレイドが、口を開いた。
「お前は黙って働け。剣など、お前のような女には似合わん」
その言葉が——幼い頃のあの言葉と重なった。
『お前のような下働きがいると場が汚れる』
「……はい」
リゼは、深く、深く頭を下げた。
涙が出そうになった。それを必死にこらえながら、彼女は告げた。
「失礼しました」
背を向けて、道場を後にする。涙は、一度も見せない。
歩く。歩く。足が勝手に動く。
(十年)
(十年、あなたの後ろを追いかけてきた)
(それでも——私は——)
——
師門の裏山。誰もいない、木々に囲まれた小さな空間。
リゼは、膝をついた。ようやく、溜めていた涙が頬を伝い、地面に落ちる。
白銀の細剣を、胸に抱きしめる。
「……馬鹿だな。私って」
小さく笑った。泣き笑いのような声が、自分の耳に響く。
指輪が、また熱くなった。銀色の輝きが、微かに脈打つ。
「——まだ、痛みを覚えているか」
静かな声が、背後から聞こえた。
振り返ると、師父ロストンが立っていた。年老いた剣士は、いつものように深い皺を刻んだ顔で、彼女を見下ろしていた。
「……はい」
リゼは、涙を拭い、立ち上がった。
「まだ痛いです。だから——」
瞳に、銀色の光が宿る。
「もう、こんな私でいたくはありません」
ロストンの口元が、わずかに緩んだ。
「……来るか、『銀血』」
リゼの瞳が、完全に銀色に輝いた。
——
三日後、王都剣術大会への招待状が届く——
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